柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『エヴェレスト 神々の山嶺』 山にとりつかれた男たちが、段取り脚本とくさい演技のおかげで、崇高なる挑戦というより無謀な愚か者(柳下毅一郎)

 

エヴェレスト 神々の山嶺

監督 平山秀幸
脚本 加藤正人
撮影 北信康
音楽 加古隆
出演 阿部寛、岡田准一、尾野真千子、ピエール瀧、佐々木蔵之介、甲本雅裕、風間俊介

文化庁文化芸術振興費補助

face エベレスト登山中、滑落事故にあった登山隊メンバーの写真を撮っていた深町(岡田准一)。自己中心的な態度が嫌われて(死人が出た事故のあとで「写真集出ないんですか!? じゃあぼくの借金どうするんですか!」とかって文句言ってるんだから、これは普通嫌われる)隊を離れたあと、一人カトマンズをぶらぶらしている。と、ある古道具屋の店頭に古いカメラを見つける。Vest Pocket Model 3。1923年、エベレスト初登頂を目指して登山、帰らぬ人になったジョージ・マロリーが使っていたカメラである。あるいはマロリーのカメラかもしれない……と考えた深町は古道具屋でカメラを買い求める。だが、どこでそのカメラを入手したのかと古道具屋を問い詰めていた最中に、それを取り返しにシェルパと髭男がやってきた。シェルパから「毒蛇」と呼ばれた男の顔を見て深町は驚く。「羽生さん! あんた、羽生さんでしょ?」伝説の山男、羽生はなぜ姿を消したのか? そしてマロリーのカメラの謎は?

 

 

 原作は夢枕獏の『神々の山嶺』。山に取り憑かれた男の狂気と崇高さを描く話……なのだろうと思うのだが、惜しむらくは阿部ちゃんも岡田准一もちっともエゴイストにも狂人にも見えないので平坦なストーリーをただ追いかけるだけの平坦な映画になってしまった。カトマンズまで行ったりしてなかなか頑張った野心作なのだろうけど、ともかく話を追いかけていくだけで精一杯で、登場人物の心情にも山の魔性にもまったく触れないまま、岡田准一が内心をすべて発声するというナレーション映画。男の映画を作りたいという野心はあれど、いろんな意味で実力がついてこなかったんだなあ。せめて同時期に『エベレスト 3D』なんて映画がなければここまで「エベレストの怖さが微塵も表現されてない……」なんて思うこともなかったのかもしれないが。

さて日本に戻った深町(岡田准一)、山岳雑誌編集長(ピエール瀧)と一緒に羽生の過去を調べてゆく。さまざまな人に証言を求めていく中で浮かび上がる羽生の姿。天才的なクライミングテクニックを持ちながら傲岸不遜な言動を崩さない羽生。「ザイルパートナーなんか誰でもいい」と言い放って山男たちのあいだでは嫌われている。そんな彼を慕う若者岸と一緒に山に登った羽生は、一人で帰ってくる。滑落事故でザイルが切れたのだ。だが、日頃から「足手まといになったら躊躇なくザイルを切る」と公言していた羽生だけに、彼がザイルを切って岸を殺したのではないかと山男たちのあいだでは噂された。やがて長谷(佐々木蔵之介)とエヴェレスト登山に挑戦するが、南西ルートからの初登頂を主張する羽生と長谷は対立し、羽生はそのままネパールに消息を絶った。

これ、深町が元ザイルパートナーやらライバルやらに話を聞いていく構成なのだけど、羽生がそれだけ伝説のクライマーなら当然編集長あたりは知ってるはずの話ばかりである。いかにも観客に聴かせるための段取りやってる感じで、長谷とのライバル関係もいっこうに盛り上がらないままあっさり終わる。てかそもそもこの話だと長谷が出てくる理由すらよくわからない。おそらく原作小説では羽生の人となりを語っていく読ませどころなのだろうが、映画では最初に阿部ちゃんの顔を見ているだけに、それほどの狂人でないことはわかってしまっている。「何人もの証言から多面的な姿があらわになる」もなにも、それは阿部ちゃんじゃないか!いまさら『舞踏会の手帳』じゃあるまいし。さて、深町が羽生について聞き込みをしているという噂を聞きつけて、やってきたのが岸の妹凉子(尾野真千子)。

「兄がなくなってから、毎月のようにお金が届くようになりました。羽生さんだったんです。そのうちに、わたしたちは愛しあうようになりました」

 ってものすごく長いはずの因縁話が三秒くらいで語られてしまった! でもこれ当然凉子は兄の死の真相は聞いているはずなのだが。羽生は七年前、凉子あてにペンダントを送ってきたのを最後に消息を絶ったという。カトマンズで羽生を目撃したと聞き、興奮する凉子は深町とともに羽生を探しに行く。

 

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