柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『ラプラスの魔女』 東野圭吾のアバウトな原作をさらにもって数学になどなんの興味もない三池崇史が適当にやっつけたもんでこれがねえ…… (柳下毅一郎)

公式サイトより

 

ラプラスの魔女

監督 三池崇史
原作 東野圭吾
脚本 八津弘幸
撮影 北信康
音楽 遠藤浩二
出演 櫻井翔、広瀬すず、福士蒼汰、志田未来、佐藤江梨子、TAO、玉木宏、高嶋政伸、檀れい、リリー・フランキー、豊川悦司

 

face フランスの数学者ラプラスは「もしもある瞬間におけるすべての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様)すべて見えているであろう」と主張した。つまり、古典力学においては物体の運動はすべて計算可能なのであるから、未来における宇宙の全粒子の位置も決定できる、すなわち未来がわかるはずだというのだ。そうした存在を「ラプラスの悪魔」と呼ぶ。

「ラプラスの悪魔」自体は量子力学の登場とともに時代遅れな考えになってしまったが、東野圭吾のベストセラー小説ではまだ現役だ。いや正確にはそれはラプラスの悪魔ではないのだが、未来をも予測できる途方もない計算能力の持ち主が登場してしまうのだ。カオス理論はどうなった! いやそんなの知ったこっちゃないから。そんでもってそんなアバウトな原作をさらにもって数学になどなんの興味もない三池崇史が適当にやっつけたもんでこれがねえ……

 

 

 

とある温泉地で硫化水素ガス中毒による中年男の死体が発見される。地球化学の専門家である青江教授(櫻井翔)は事故原因を調べるために呼ばれるが、現場は硫化水素ガスが滞留するような場所ではなかったため、ひたすら困惑する。そこにあらわれたのが刑事中岡(玉木宏)。著名な映画プロデューサーだった夫を、財産狙いの年下妻水城千佐都(佐藤江梨子)が毒ガスを使って殺したのではないかと仮説をたてて、青江の意見を求めにきたのである。「気体がどのように流れるかを計算するなんて不可能です」と青江が断言してもいまいち納得しない中岡。余談だが、青江が呼ばれる前に当然この事件は警察が捜査しており死体の検死解剖その他があったはずなのだが、管轄署に話を持っていかずいきなり青江の記者会見に乱入してくる中岡の縄張り意識というのはどうなっているのだろうか。

「ありえません。そんなことが可能なのは魔法使いか神様ですよ」

「じゃあ、悪魔ならどうです?」 いまいち腑に落ちない気分で東京に戻ってきた青江の元に中岡がやってくる。一ヶ月前、別の温泉地で別な中年男が硫化水素中毒で死亡していたのである。その事件について調べてくれという依頼を受けて、またぞろ温泉逗留の青江。すると夜、いきなり部屋に美少女(広瀬すず)が飛び込んでくる(ご丁寧に黒服を着た男たちに追われている)。その少女は前の温泉現場にもおり、テーブルにこぼれた水がどう流れるか予測できるかのようなふるまいを見せた娘であった。彼女はマドカと名乗り、大切な友人を見つけるために、死体発見現場を見せてくれと頼みこむのだった。なんとなくほだされてしまった青江はマドカに現場を見せてやる。

「きみは誰なんだ?」
「ラプラスの……魔女」

 一方中岡は二つの事件のつながりを調べていた。俳優だった犠牲者一号とプロデューサーである二号のつながり、それは「百年に一人の才能」とも言われる天才映画監督甘粕才生(豊川悦司)であった。かつて甘粕の娘は硫化水素ガスを使って自殺をはかった。その事件で妻と娘は死亡、息子は意識不明の重体に陥った。実験的手術により息子は奇跡的回復を遂げるが、その代償として甘粕にまつわるすべての記憶を失ってしまった。献身的に看病していた甘粕だったが、ついには諦めて息子を置いて去っていった……までがブログに書かれている。

中岡は千佐都が二人を殺したのではないかと疑っていた。あるいは甘粕家の事件は水城が仕組んだものであり、事件への報復として二人は殺されたのだろうか? しかしだね、ここまで何ひとつ物的証拠もないし、三人のあいだのつながりもない(犠牲者一号の俳優はほんの端役で、水城や甘粕と知り合いだったという証拠すら出てきてないのだ)。ほぼ中岡の妄想だけで捜査を続けているのだから恐れ入る。日本の警察は自由だな!

 

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