柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『Winny』 「日本が良くなると信じてWinnyを作りました」と言わせてしまうこの映画に、匿名で流通するあらゆるダークなもの抱え込む覚悟があるとは思えないのである

公式サイトより

Winny

監督 松本優作
脚本 松本優作、岸建太朗
撮影 岸建太朗
音楽 Teje、田井千里
出演 東出昌大、三浦貴大、皆川猿時、和田正人、渡辺いっけい、吉田羊、吹越満、吉岡秀隆
仙波敏郎吉岡秀隆

映画がはじまると照明を消して、ペットボトルが並ぶ薄暗い部屋。コンピュータのスクリーンからの照り返しでふわっと浮き上がる東出昌大の顔。チョコレートを頬張りながらキーボードを高速タイピングする……このハッカー描写だけはいつまでたっても変わらない。この映画はWinnyを作った47氏こと金子勇の天才性と先見性を訴えるのだが、そういう映画であっても「天才ハッカー」を表現するとなるとこういう描写になってしまうのか、と思うとちょっと絶望的な気分になる。まあ「わかりやすく」「敢えて」やったつもりなのかもしれないけれど、その考えてしまうこと自体がもう敗北していると言わざるを得ない。

 

 

さて、金子氏によって2002年から開発がはじまったWinnyは、ファイル共有ソフトWinMXの後継として、匿名性を強化するかたちで実装された。Winnyは大いに流行するが、2003年11月に京都府警が愛媛県と群馬県の若者をWinnyを通じた著作権法違反で逮捕。翌年5月には開発者・金子氏が著作権法違反幇助の疑いで逮捕される。裁判では、ソフトを開発したことが幇助にあたるかどうかで議論がくりひろげられ、一審の京都地裁では罰金刑、だが高裁では無罪判決が出される。裁判は2011年、最高裁で金子氏の無罪が確定するまで続いた。

さて、映画ではものすごく漫画的に誇張された京都府警のガサ入れ(著作権法違法犯が窓から飛び出して逃げようとするのだが、土足で飛び込んだ警官に取り押さえられる……麻薬密売犯とかじゃないんだからね!)のあと、参考人として呼ばれた金子勇(東出昌大)が警官に言われるがままに誓約書を書き、それも証拠として逮捕されるという展開は、堂々と嘘をつく警察の嫌らしさと金子氏のナイーブすぎる反応がたっぷり描かれる。警察はなぜ金子勇を逮捕したのか? そこにはWinnyを通じて広がった暴露ウィルス(キンタマウィルス)にひっかかって捜査情報を流出させてしまった警察側の意趣返しという面があったのではないか、と映画は示唆する。さらにちょうどそのころ、愛媛県警の巡査部長仙波敏郎(吉岡秀隆)が、警察内部の裏金作りを告発する。そしてその告発を裏付ける資料もまた、暴露ウィルスで流出してしまうのだった。

さて、映画の中でもっとも気になるのは、金子勇氏が本当に著作権侵害を意図していたのか、という点である。

 

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