「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

「植村裁判」とは何なのか──札幌控訴審第2回口頭弁論を終えて

編集部より読者の皆様へ
しばらくの間、休載していたことをお詫びいたします。申し訳ございません。今後は定期的に更新予定です。


 かつて『週刊時事』という雑誌があった。時事通信社を版元に、1959年から94年まで発行されていた総合週刊誌だ。
 私の手許に同誌92年7月18日発行号の記事がある。
 タイトルは「従軍慰安婦問題の責任を取るべきは日本『政府』だけなのか』。
 見開き2ページの同記事の一部を引用する。

昨年末、従軍慰安婦問題がクローズアップされ、 日韓間のみならず、日朝関係の中でも、政治問題となってきたことは周知の通りである。東京地方裁判所には、元従軍慰安婦だったという韓国人女性らが、補償を求めて訴えを起たした。強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは、人間としても同性としても、心からの同情なしには聞けないものだ

売春という行為を戦時下の国策のひどつにして、戦地にまで組織的に女性達を連れていった日本政府の姿勢は言語道断、恥ずべきであるが、背景にはそのような政策を支持する世論があった。とすれば、責任を痛感すべきは、むしろ、私たち一 人ひとりである。


 筆者名は「ジャーナリスト・桜井良子」。そう、記事に添えられた顔写真を見てもわかる通り、現在も活躍を続けている櫻井よしこ氏である。
同記事は韓国政府の要請を受けておこなわれた日本政府の慰安婦に関する実態調査の結果を受けて書かれたものだ。
 櫻井氏は慰安婦実態調査について「日本人全体が目をそらし続けてきた日本現代史の汚点について、事実を明らかにしていくための第一歩として評価されるべき」としたうえで、「その結果、明らかにされる事実については、日本人全体が人間として責任を負うという姿勢で臨むべきであろう」と述べている。
 驚かれたかたもいると思う。
 元慰安婦の女性に対する認識として、櫻井氏の考え方は、それじたい全く問題がないだろう。私も同感だ。
 そのうえ櫻井氏は「強制」「組織的」といった文言で、厳しく当時の日本政府を批判している。「言語道断」「恥ずべき」であると明言した。
 一方、同記事は日韓基本条約によって政府の補償は難しいとしたうえで、「政府批判」よりも、民間レベルで「解決」すべきと結論付けているので、このあたりには当然、違和感も抱えざるを得ない。
 とはいえ、元慰安婦の女性の証言に「心からの同情」し、自らの責任としてその罪を引き受けるという覚悟は、謙虚で真摯なものでもあった。
 そして、この時点において、櫻井氏は「強制」「組織的」に慰安婦という存在を生み出したかつての日本政府に、極めて厳しい視線を向けていたのだ。

(残り 2158文字/全文: 3237文字)

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