限界突パ

チャンスを与えるようで時に厳しく、そして成長を待つ――最下位独走でも見えてきた西武・渡辺久信監督代行の「独自色」<SLUGGER>

オールスターを前にして自力CSが消滅、シーズン100敗の可能性も語られる西武。松井稼頭央監督が休養し、渡辺久信監督代行に変わった後も成績は下降線を辿ったままだ。一部では「監督が変わって何も変わらない」という声も囁かれる中、2008年に日本一に輝いた実績もある渡辺監督代行はこの2ヵ月間で何をしてきたのだろうか。

監督交代後、2件のトレードが成立。また、3人の選手が育成枠から支配下に昇格した。渡辺監督代行のもう一つの仕事であるGM業では周囲の力を借りながら、積極的な動きを見せている。巨人から獲得した松原聖弥はまだアジャストできていないものの、育成から昇格した菅井信也はプロ初勝利を挙げ、ソフトバンクから移籍の野村大樹は3番を務め、1本塁打を放つなど戦力になりつつある。

一方で、監督業である。

 前任の松井監督との変化があるかどうかについての答えは「YES」だろう。怪我人の有無などの違いはあるものの、選手に課題を与え、それに答えた者は起用し、継続できない者には厳しくお灸を据える。メディアを使っての言動も含めて、そのマネジメント力は実績ある指揮官らしさが垣間見える。選手が結果を残すまで待ち続けたのが松井前監督だとすると、仕掛けを行うのが渡辺監督代行のやり方だ。

 ミスをした選手は叱責するし、懲罰交代もある。一方で「経過観察」を入念に行う。

 就任して間もない6月11日の広島戦、4回2死から元山飛優が失策を喫すると、たった一度のミスで交替。しかし翌日、ヘッドコーチなどから提示されたスタメン表に名前がなかった元山の起用を決断。チャンスを与えた。すると、元山は先制打を放つ活躍。元山は「野球をやってきて今までで一番緊張した試合だった」と相当な覚悟で臨んだことを明かした。

 これは一過性に終わるが、渡辺監督代行のマネジメントにはそうしたストーリー性が必ずある。選手にはプライドがあり、意地があり、そこを刺激する。選手の失敗を成功へ導くためのプロセスを重視している印象だ。

 期待の長谷川信哉はコロナで離脱する前、数少ないチャンスをものにすることを自身に課していた。以前は何となく降って湧いてきたチャンスは若手にとって当たり前ではなくなり、それはやがて選手の必死さにつながっている部分はあるだろう。

 そして、それらのチャンスは日を追うごとにレベルが変わっている。当初はチャンスをいかにものにするかだったが、今は結果に直結させるかにかかっている。当初、4番を務めていた岸潤一郎は「何かここ一番で結果を残す選手。そういうものを持っている」と期待をかけていたが、疲労からパフォーマンスが落ちると、今は先発から外されている。

 3番起用が多かった西川愛也も前半戦最終節のソフトバンク3連戦の2戦目で先発から外れた。前日の試合で3三振を喫していたからだ。記者からは「疲労を考えてのことか」と質問が飛んだが、指揮官は手厳しかっった。

「若い選手だから、それくらいはやってくれないと思っているので、疲労でスタメンを外したわけではない。同じ失敗を繰り返したからね。もちろん、他の選手にもチャンスを与えたいっていうのもあるし、本人がそこに気づいてくれればというのもあるし、両方を考えて西川を外した」

 投手陣の方はうまく使い分けを行っている。例えば、先発経験の少ない選手は中継ぎで起用する。一方、先発経験のある選手に関してはなるべく長いイニングを投げさせる方針を貫いている。

 前者は菅井信也や羽田慎之介を中継ぎ起用。「彼らには経験値が少ない。いろんなシチュエーションで投げて、経験値を上げてもらう。俺だって最初はリリーフからだった」

 最速157キロを投げ込むなど“菊池雄星2世”の呼び声が高い羽田は「ほとんど投げているだけで他のことができないから」と3試合の中継ぎ登板を経てから先発に起用した。しかし、3回2失点。投球内容だけでなく、カバーリングを怠ると容赦なかった。

「5回を投げてくれたら御の字と思っていた。最初は良かったけど、2回からが力みもあったのかな。カバーリングも行かなかったしね」

 羽田は登板後にファームに降格させている。

 一方の菅井には1度先発を経験させた後に3試合中継ぎに回った後、先発に復帰。チームが8連敗中だった7月15日のオリックス戦で7回を無失点に抑える力投でプロ初勝利を挙げた。

 ストレートは140キロ前後ながら、強弱をつけられたのが大きかった。ピンチでギアを上げるなど、力の上げ下げは中継ぎを経験したことの大きさを窺わせた。

 一方、エースの今井達也をはじめ、経験豊富な投手には長いイニングを投げさせた。100球制限という杓子定規のような起用法ではなく、先発としての役割を全うさせた。その中で、覚醒の様相を見せたのが6年目の右腕・渡邉勇太朗だった。「一軍で投手出身の監督は初めてで学ぶことが多い」という渡辺はこう語る。

「いつも完投するつもりでは投げているんですけど、もう交代かなとか思ったりすることもありました。代行から『勝てる投手になるためにはもう1イニングだ』と言ってもらったことがあって、『ありがとうございます』って気持ちで投げました。何かは分からないですけど、自分の中で変わる瞬間がありました。自分の自覚は出てきたかなと思います」

 5月18日からローテーションに入り、「このまま外されることなく1年を終えたい」と語っていた渡邉勇は、ここまで8試合に先発して1勝2敗と勝ち星は少ないものの、防御率は2.49と安定している。カード頭を任せらるくらいに指揮官の信頼度は上がっている。

 渡辺監督代行は長いイニングを投げさせる理由に、渡邉勇に話したように「投手への自覚」を促すとともに「投げる体力をつける」ことを挙げている。これには精神的なタフさも込められていて、隅田知一郎、武内夏輝らは責任ある投球を続けている。

チャンスを与えるようで時に厳しく、そして、成長を待つ姿勢。順位は低空飛行だが、「一時期のどうにもならない状況は脱している」という言葉は決して強がりではない。

とはいえ、最下位を独走している苦しい状況に変わりはない。今後の浮上を目指すには、さらなる厳しい戦いを強いられるだろう。チャンスを与えるだけでは人は成長しない。

 渡辺監督代行は後半戦に向けてこう語っている。

「みんな勝とうと意識を持ってやっていますけど、それが結果につながってこなかったと思う。前半戦を検証しながら後半につなげていきたいですね。投手も野手もチャンスが多い、それを生かすということ、毎試合出ている中でいろんな経験をして成長していってほしいですよね。前半戦からチームを見てきて、実際、現場に入ってみても、プロとしてやるべきこと、作戦や動きがうまくいってないというのは感じています。もちろん、これからもチャンスは与えますけど、同じような失敗が続くような選手は淘汰されていくと思います。そこはしっかりやっていかなくちゃいけない」

 個人的な意見を言わせれば、ここまできたら敗戦数などは気にしていても仕方がない。何より大事なのは、チームとしての希望を見出せる戦いができるかどうかだろう。どんな野球で後半戦を戦っていくのか。百選錬磨の指揮官がどこまで巻き返せるか注目したい。(2024 7.24 掲載)

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