九ベ! ——九州ベースボール——

チームに根付く”負の体質”を払拭したのは「プロジェクトX」だった⁉ 鳥栖工①

遠征距離が長いほど「考える力」が身に付く

「赴任して来る以前に対戦相手として見ていた鳥栖工の印象は、好投手を中心に良い選手がいるにもかかわらず、なかなかベスト8、4以上には上がってこない。とくに夏はそうなんです。秋の九州大会に行ったとしても1回戦負け。だから、対戦相手としては怖さを感じていませんでしたね。夏に当たったとしても、負けないだろうなという印象があったのは事実です。転勤してから抱いた第一印象もその通りでした。野球部以外の体育の先生からも『大坪君、なぜかウチは夏が近づいていくにつれて、だんだん下がっていくんだよね。代々そうなんだ』と言われました。鳥栖工は駅伝も強いし、レスリングは日本一。つまり、世界レベルを知っている指導者の方々から『いい選手はいると思うんだけど、夏に向けて落ちていっちゃうんだよね』と言われるのですから、それはもう大方の見立てとしても間違っていないのでしょう。もちろん前任の先生のことを言っているわけではありませんよ。鳥栖工の野球部が、代々そうだったということです」

実際チームに合流してみると、練習試合ではプレーの詰めの甘さが随所に見られ、執着心が薄いために練習で追い込もうしても思うようには追い込めなかった。転勤が2020年というコロナ最盛期だったこともあって、なおさらそう感じただろう。ただ、それは体質として染み付いてしまっていた。鳥栖市内の学校は、春夏3度出場の鳥栖を筆頭に、夏2度出場の鳥栖商、2021年夏に初出場した東明館と、すべて甲子園出場を果たしている。もちろん鳥栖工の部員たちも「勝ちたい」と口にするが、まるで本気度が違ったと大坪監督は言った。
だからこそ、思い切って自分の色を出しながら、チームを変えていくしかなかった。

「転勤してまず最初に『マイクロバスの中でDVDを見られるようにしてください』と、学校側にお願いしました。遠征移動の中で、いろんな学習ができますからね。移動が長いのはしんどいものですが、逆に移動の時間が長ければ長いほど学習の時間が増えると考えればいいのです」

そして、ミーティングを重視した。

「このミーティングは絶対に必要と思えば、どんなに天気が良くてグラウンドが使える日であっても、練習をせずにミーティングをしました。家でテレビを見ながら“この映像はミーティングで使える”と思えば、子供たちにも見せるようにしています。たとえば、教材となるのはヤクルトと西武が戦った1992、93年の日本シリーズです。当時最強の西武に、なぜ下馬評では不利とされたヤクルトが勝ったのか。それはやはり、ヤクルトを率いた野村克也監督が、リスクを承知で勝負に出たからだと思うんです。象徴的なシーンが第7戦の、三塁走者・古田敦也さんのギャンブルスタートのシーンですよね。当時の西武に勝とうと思ったら、そういうリスクを負ってでも勝負に出ないといけなかった。大事な試合になればなるほど、大きなリスクを背負わなければいけない。それを肌で感じてほしくて、日本シリーズを特集した番組を録画して、みんなに見せました」

ミーティングの教材は、決して野球だけにかぎらない。一部上場を果たした企業は、こういう考え方の社長だから会社の経営が上手くいったのではないか。チーム作りのヒントになるような素材があれば、移動バスの中でも繰り返し流す。最近では「プロジェクトX」や「プロフェッショナル 仕事の流儀」(いずれもNHK)。勝利者はなぜ勝利し、成功者はなぜ成功したのか。それを考えることによって、大坪監督は選手たちの野球脳を強化していったのである。

 

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