三島由紀夫も参加したパンパン座談会[ビバノン循環湯 27] (松沢呉一) -11,491文字-
これもメルマガの「松沢式売春史」で書いたもの。1万字以上を一度に出します。
ここまでにも繰り返してきたように、売春をする女たちはしばしば「意思なき哀れな被害者」として描かれがちです。焼け跡に立った女たちも戦争の被害者、RAAの被害者として描かれているものが多数あります。しかし、当時のものを読むと、まったく違う側面が見えてきます。
この座談会でも、パンパンとはどういう女たちであったのか、パンパンのグループがどういうものであったのかなど貴重な話が多数出てきます。地域ごとのグループのネットワークについて、私もこれで初めて知った話があります。当時、パンパンたちは多数殺害されているのですが、その数字も出てきます。
パンパンたちがここでは主人公ですが、三島由紀夫が彼女らに共感するような発言をしていたり、心理学を大衆化させた宮城音弥が売春肯定発言をしていたり、参加文化人たちの発言も注目すべき点があります。
全編転載したいところですが、著作権がまだ生きてますので、引用の範囲で言葉を抜き出しています。できれば、国会図書館にでも行って原文を読むことをオススメしますが、前提をわかっていないと、 この座談会の面白さもよくわからないかもしれません。その点、私の解説を読むと、スムーズに理解できようかと思います。
中に号数が出てきますが、これはメルマガの号数です。直すのが面倒なので、そのままにしておきます。
「改造」1949年12月号 第30巻第12号
発行所:改造社
発行日:昭和24年12月1日
体裁:A5 132ページ
定価:70円
「実態調査座談会 パンパンの世界」が14ページにわたって掲載されており、表紙にも「パンパン」の文字が大書されている。タイミングから考えて、『新小岩娼街 売笑生活速記録』を真似た企画ではないか。
司会は南博(日本女子大教授)。参加者は、「語り手」として、田中文子、三浦美紀子、北澤とし子、藤澤七生、伊藤あき子の五人の街娼。最年少が二十六歳、最年長が三十五歳なので、街娼としては比較的年齢が高い。読むとわかるが、おそらくリーダー的な存在かと思う。
「訊き手」として、飯塚浩二(東大教授)、宮城音弥(東京工大教授)、佐多稲子(作家)、三島由紀夫(作家)、森田政次(肩書きなし)。
『新小岩娼街 売笑生活速記録』と同じ聞き手を揃えて、街娼と赤線の違いまでを見比べた方がよりよかったと思うのだが、聞き手は重複していない。森田政次というのが何者かわからないのだが、彼だけはこの辺の事情に通じているようで、アドバイザーとして呼ばれたのか。あるいは、このメンツを集めたのはこの人物なのかもしれない。
『新小岩娼街 売笑生活速記録』は馴染みである岡田甫がいたために、赤裸々な話が語られていて、今もありがちな「変わった客」なんてテーマに大半が割かれていたのに対して、こちらは口調も内容も全然違っていて、赤裸々にならない分、行動や組織、収入などについて冷静に語られている。かえってよかったとも言えるが、後半はこれだけの人数がいて、聞くことがなくなったと見えて、「どんな映画を見るか」なんて、どうでもいい話になってしまっているのが残念。
冒頭で司会の南博がどうしてこの仕事を始めたのかを聞く。当時の街娼の実像は、赤線の女たちとは大きく違い、かつ今の時代の人たちが抱きがちなパンパンのイメージとも大きく違うことをわかっていただくためにこの部分を長く引用してみる。
伊藤:それは各人によって事情が違うと思うのです。必要に迫られてどうにもならないどたん場に来てこういう社会に入る人と、漠然とした一つの好奇心というようなもので入る人と、それからやはり外人に対する非常なあこがれですね。これはもう昔から日本の女の弱いところだそうですけれど…。それから誰かに誘惑されてそういう場所に入るというのもあります。
藤澤:一番ひどいのは強姦された場合ですね。そういう人たちが一番反抗心を持っています。案外平凡でしっかりしているのは要するに戦前の芸者ハウスから転向してきた人。これは精神的にも肉体的にもしっかりしています。一番下らないのは漠然として働いている人ですね。
南:その漠然としたというのは、例えばおいしいものを食べたいとか…
藤澤:そうです。
伊藤:向こうの流行を追いたいとか、そういうものじゃないですか。別に根本的なものはないのです。
南:特別経済的に困ったというのでもなくて、ただよりよい生活をしたいというようなことで…
伊藤:親に知られても困るし、幾分内緒で、田舎の方から出て来てどこかへお勤めしているというような具合でやっている人がいますが、中には親を養わなければならないとか、子供を育てるとか、兄弟もいるとかいうことで非常に奮闘している人もいますし、これは個人個人違いますから…
宮城:反抗によってなったという人は可なりありますか。
藤澤:ずい分ありますね。二十前後が非常に多いのです。
宮城:私たちが以前に調べたときも、反抗によるという人が多かった…
飯塚:それはアプレゲールの「青年の問題」に結びついているところがあるでしょうね。この前の欧州大戦後、一九二〇年頃のアメリカの家庭を脅かした問題に似て、青年たちが、旧来の醇風美俗のワクをはずしてしまう。アレンの「オンリ・イエスタデイ」に興味深い記事がありますが。
藤澤:そして相当に理屈も言うのです。なかなかひけをとらないのです。それから一番下らないのは中流以下のお嬢さんたちです。お金も貰わないで、本当に虚栄心でつき合っている。そういうのが一番困ります。口をきくと一応インテリらしいことを言う。あたしはパン助じゃない。あたしのはフレンドだなんて言うけれども、やっぱりどこかで拾って来た人なんです。
南:職業としてやっているわけですか。
伊藤:そうじゃなくて、昼間大きな会社に勤めていて、夕方からふらふらと表を歩いているというような、フリーランサーですね。
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