伊藤野枝が闘った道徳をいまなお信奉する人々—エレン・ケイの思想(のある部分だけ)を再評価する 1-(松沢呉一) -2,667文字-
ムラの道徳を掲げるムラの住人たち
「共感できるフェミニスト・共感できないフェミニスト」のシリーズは、Twitterでアホどもが騒いでいたらしいですね。
アホの子たちはFacebookの使い方がわからないので、誰一人、直接は言って来ないのですけど、どうせ「私の感情」を吐露するだけですから、「おまえなんぞになんの興味もない」と言って終わり。もう少し丁寧にやるとしても、「おまえの存在が不快で傷ついた」と相手のレベルに合わせた言葉を返して終わり。
これに限らず、「自分のその感情はどこから来ているのか」までを考える人は少なくて、だから、いつまでも「私の感情が世界の基準」と思え、他者の行動に「私の事情」を押し付けようとします。
そんな取るに足らない感情や事情が世界の、国の、社会の基準になり得るとどうして思えるのでしょう。内実はただの「ムラの道徳」。ムラの道徳はムラの住民の間だけで有効。
伊藤野枝が闘ったのはこういう人たちが信奉する「ムラの道徳」でした。
栗原康著『村に火をつけ、白痴になれ』を読んで、もっとも私がショックだったのは、伊藤野枝の墓についての記述です。今なお地元では国辱とされ、「淫乱女!」と嘲られ、墓は度重なる悪戯のため、今はそうとは気づかれないようにただの石を墓として、その場所さえ隠されている。
伊藤野枝自身、墓なんてどうでもいいと思っていたでしょうが、制度からはみ出した女はこう扱われると念押しされて、陰鬱な気分になりました。あの時代だけではなく、その後もずっと伊藤野枝が闘ってきたものは生き続けました。それがこの国であり、その国に今も私は住んでいます。
※『伊藤野枝全集』(學藝書林・1970年)に掲載された伊藤野枝の写真。凛々しい。
この国の女の地位の低さは女自身が作ってきた
「共感できるフェミニスト・共感できないフェミニスト」で説明してきたように、女たちを縛り付けてきたのは強者の論理である道徳です。女が避妊について知ること、語ること、実践することも猥褻とされてきました。
だから、米国の婦人運動家たちはそれと闘い、表現を武器にして、個の自由を獲得しようと奮闘してきました。しかし、この国の多くの婦人運動家たちは産児制限運動に積極的ではなく、サンガーの産児制限を嘲笑するのまでいました。そして、伊藤野枝を「淫乱女!」と罵倒する側に立ちました。強者にすり寄ったのです。
ここで、『闇の女たち』第二部で紹介した「ニューヨークタイムス」の特派員であったダレル・ベリガンの指摘を思い出して欲しい。どこまで日本の婦人運動を見据えていたのかわからないですが、日本の女たちの低い地位は女たち自身が作り上げてきたものだと見抜き、そこから抜け出そうともしない女たちにダレル・ベリガンは苛立ち、焼け跡に立つパンパンたちにこそ、反逆者たちの姿を見いだします。
それから半世紀以上経った今も、伊藤野枝を切り捨て、戦時には「自分と同じ女たち」を戦争に駆り立て、戦後は赤線従業婦組合を潰した婦人運動の発想から抜けられない人々がいます。それもまた道徳の被害者なのかもしれないですが、同時に他者の意思を踏みにじる加害者であることに疑いはありません。
こんなヤツらよりも、街頭に立ち続けた街娼たちや、「結婚しない生活のために」と売春をする広島のマントル嬢の方がはるかに制度や道徳と闘っているし、はるかに尊敬できます。彼女たちこそが婦人運動を乗り越えて現実を作ってきたのです。
※11月に全国700店舗(!)の書店で開かれる「書評サイトHONZ×新潮文庫のノンフィクション・フェア」に『闇の女たち』も入っているそうなので、まだ読んでない人はこの機会に購入してちょ。このところ書いていることとも密接に関係しています。とくに第二部。
無知と無思考を武器にする人々
おそらくセックスワークの権利、セックスワークの非犯罪化を認めたくない人たちのほとんどは、新吉原女子保健組合の存在も知らず、売防法も読んだことがなく、世界中でセックスワーカーの団体や支援団体が奮闘していることも知らず、それらの中にはフェミニストによるものも少なくないことも知らず、アムネスティがなぜセックスワークの非犯罪化を打ち出したのかを考えたこともないのでしょう。
自分と自分を肯定してくれるものしか興味のない人たち。それを意識することできないままムラの道徳を守護することにしか興味のない人たち。
せめてこのくらいは観ておいて欲しい。
トニ・マックは、セックスワーカーにして、ロンドンとグラスゴーを拠点とするSWOU(Sex Worker Open University)のメンバーです。こういう人がTEDに出る時代。
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