森光子の売春疑惑- 戦前の女優たちの行状を雑誌「話」で確認する-[ビバノン循環湯 142] (松沢呉一) -3,519文字-
「女性解放運動は売防法で敗北した」で堕胎で逮捕された女優・志賀暁子について書きましたが、以前、志賀暁子について書いたことがあったはずだと思って検索してみたら、メルマガに書いていました。2010年に書いたものです。
冒頭に出ている新聞記事はすでに消えています。それを読むとわかるように、森光子が売春をしていたってことではなく、たんに疑われたったことなので、お間違えのないように。その背景を探るため、当時の女優たちがどういう位置づけにあり、どういう性行動をしていたのかを戦前の雑誌「話」(文藝春秋社)からいくつか拾った内容。たまたまこの頃、雑誌「話」を集中的に読んでいて、そこから拾っただけのことで、こういう話は戦前の実話系雑誌を読むと、ナンボでも拾えます。
森光子の売春疑惑
「毎日新聞」にこんな記事が出ていた。
今、平和を語る:女優・森光子さん
◇幸せの根底に多くの命
女優の森光子さんが半生を著した「女優 森光子」(集英社)を刊行した。89歳の誕生日を迎える5月には、「放浪記」の上演回数が前人未到の2000回を迎える。「演じられる幸せの根底にあるのは平和です」と語る森さんに、戦時体験の数々を聞いた。<聞き手・広岩近広>
(略)
悔しいといえば、「放浪記」の舞台と重なる出来事がありました。舞台の林芙美子が木賃宿で売春容疑で検挙されたように、森さんもそのような目に。
森 新興キネマ時代に、何人かの女優さんと一緒に警察に検挙されたのです。それも売春容疑だというので、「身に覚えがありません。お医者さんを呼んできちんと調べてください」と強く抗議しました。思い当たることといえば、知り合いの同志社の学生さんにたまたま出会って京都駅の2階にあった喫茶店に入ったことくらいです。洋風文化を好ましく思わない人たちが、見せしめに芸能人を検挙したのだと思います。夫婦が腕を組んで歩いてもダメだという、自由のない軍国主義の時代でした。
(略)
「洋風文化を好ましく思わない人たちが、見せしめに芸能人を検挙した」というだけではない事情があったことは容易に想像できる。
林芙美子がいた木賃宿があったのはおなじみ新宿旭町であり、ここは売春をする女たちが集まる場所であったことは今までにも書いてきた通り。つまり、そういう場所だったがゆえの嫌疑であり、森光子ら女優が何人も検挙されたことにもおそらくそういう背景があった。
森光子が逮捕されたのは太平洋戦争が始まってから、あるいはその直前日中戦争と思われるので、雑誌の多くは刊行できなくなり、残った雑誌は誌面が戦時色に染まっていたため、こんな話は載せられなかったはず。そのため、この件についての資料を探すのは困難かと思われるが、その背景を確認しておくとしよう。
どこからが売春か
戦後できた売防法で単純売春の罰則規定がないのは、そこまで罰すると、金銭のやりとりがなくても、男が食事代を出し、ホテル代を出してセックスをした場合さえも逮捕することになってしまって都合が悪いためであり、不特定多数への勧誘行為が伴った時に初めて売春する本人が逮捕されることになっている。
あたかも恋愛が伴ったセックスや、金の授受がないセックスと、売春との間に明確な一線を引けるかのように思っている人たちも多いわけだが、売春の要件である「対償」は金である必要はないので、メシをおごられても、宿代を出してもらっても「対償」を得たことになる。
もちろん、特定の相手にそれをやっていても法律上の定義では売春ではないわけだが、不特定とこれをやるとグレーになってくる。
となると、少なからぬ女子は、売防法における売春とのボーダーにある行為をやっていることになり、一線を引けるのは、管理売春まで。そこまでを罰則対象としているのは合理的である。
「ごはんおごってよ。そのあとどこまでもつきあうから」といったような、女子からのセックスの誘いかけをしにくくしてしまうので、勧誘までを罰則対象にはすべきではないと思うが、そこまではしたないことを言う女子は捕まってもいいってことだろうし、社会秩序を乱す存在ってことだ。それが売防法の考えだ。
戦前は、売春そのものではなく、遊廓外での売春を禁じていたわけだが、女子が男子と二人きりで喫茶店に出入りするだけで不良と見なされる。そんなはしたない女子はまとめて検挙されたってことだろうと推測できる。
それにしても、戦前だって、それだけで逮捕されることはない。この当時の女優は監督や俳優とセックスくらいはしているので、どうしたってその境界線があいまいになってしまっていたのだろう。
志賀暁子の行状
森光子の件は初耳だが、女優が売春容疑で逮捕された事件は、戦前、戦後ともあって、しばしばメディアを賑わわせ、森光子が書くケース以外でも、多数の女優が同時に検挙されている例が何度か起きている。
つまりは、森光子が言うような「見せしめ」の意味があるのだとしても、女優というのはそういう仕事だと世間一般に思われていて、事実、そういうことをしている人たちもいたってことだ。現実は想像よりも、もっと生々しい。
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