血桜団のお龍参上—女言葉の一世紀 10-(松沢呉一) -2,235文字-
「売春する女教師—女言葉の一世紀 9」の続きです。
血桜団のお龍
ここまで見てきたように、崩れて不良になるタイプではなく、根っからの不良層のうち、一見可憐な少女のような姿でだまくらかしたり、売春をするような少女たちは、むしろ女言葉を積極的に使います。安心させるためであり、後者ではそれが商品化を高めます。
武内真澄著『実話ビルディング』(昭和八年)の三階は「昭和不良少女列伝」。「不良少女」に「バッドガール」のルビがついています。これに掲載された「血桜団のお龍」は銀座が舞台ですが、悪質な不良少女の話です。
純情なデパートガール美代子が仕事を終えて、勤務先のMデパートを出たところでに近づいてきた少女がいます。よく化粧品を買っていくお得意様です。
彼女は美代子にこう聞きます。
「お宅、どちら?」
「野方ですの」
「野方って、法政のグランドがある方?」
「ええ」
「さうすると省線ね」
「はあ、中野で降ります」
「まァ、丁度いいわ、あたし、大久保で降りるのよ。戸山ヶ原の直ぐですもの。今度うち教へて上げるから遊びにいらっしゃいよ、公休があるんでしょう」
「ええ」
中野駅から野方までは距離がありますが、当時、法政大学の野球場は新井薬師にあったようなので、だったらそうは遠くない。
有楽町駅までの途中で、少女は店に立ち寄ってベルトを購入。ところが、財布を落としたというので、美代子が立て替え、少女の家まで金を取りに行くことになります。
豹変する少女
それまでは丁寧な言葉遣いだったのに、人がいない戸山ヶ原で二人きりになると、途端に少女の口調が変わります。
「一寸、あんた、随分、お金持ちね」
「は?」
「お金持ちだって云ふのよ」
妙なことを云ふとは思ったけれど美代子は
「今日、お給金を戴いたばかりなんでございます」
「さう、こんなことを言っちゃ悪いかも知れないけど、どれ位?」
「少いンですわ」
「どれ位?」
「三十円やっとでございます」
(略)
「あたし、貰っとくわ、いいでしょ」
「ご冗談仰有って」
笑はうと思ったが、声が出せなかった。
「冗談ぢゃないよ、本当さ」
少女の態度が一変した。美代子は初めて凡てを感じた。
「ああ、そればっかりは—」
「怒鳴ると、斬るよ」
少女の手には、小さなものが、キラリと光ってゐる。
「お前さんも、随分、ぼんつくだね、中央線で通ってゐながら、あたしを知らないのかい。あたしァ、血桜団のお龍だよ」
そんなに有名か、お龍。「血桜団」というのは実在の不良グループですが、これは浅草拠点のはず。
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