偽書の手法を取り込んだナチス—ヘンリー・フォードとナチス[3](松沢呉一)-3,638文字-
「「シオン賢者の議定書」の片棒を担いだフォード—ヘンリー・フォードとナチス[2]」の続きです。
「シオン賢者の議定書」の偽書決定を否定する解説
また、『世界の猶太人網』に掲載されたドイツ版の版元による解説にはこうあります(これを書いたのは版元の経営者であり、自身執筆者でもあったテオドール・フリッチュだろうと思われます。この人物が1893年に書いた『The Handbook of the Jewish Question(ユダヤ人問題の手引き)』もまたヒトラーとナチスに多大な影響を与えたと英語版Wikipediaに出ている)。
猶太人等は「シオンの賢者のプロトコロール」と言ふ書に関しては、出来る丈長い間黙殺し該書に就て云為することを避けて居った。けれども世上漸く該書を問題として論議するに至るや、彼等は釈明して曰く「これ痴人の夢物語に非ずんば背道者の著作のみ」と、則ち彼等の称する所によれば、該書はゴーディシュ・レドクリフ(Goedsche Retcliff)の小説ビアリッツ(Biarritz)から編輯したものであると言ふにあった。然るに又近頃になって、該書は一八六四年時代に仏蘭西の弁護士ヨーリー(Yoly)が、ナポレオン二世に対して作ったパンフレットに其の起源を有すとの説をなすに至り、新聞紙上にて此のパンフレットと彼のプロトコールとの一致せる点を公表する所があった。然しながら猶太人の公表した所は、実は似て非なるもので、毫も重要視するの価値なく、加ふるにプロトコールの核心にも触れて居らないものである。抑々プロトコールの核心とは何であるかといふと、則ち「遅く共一九〇五年には猶太人が全世界の経済、政治、宗教及び学術を支配掌握するに至る順序を書き示してある」ことである。(略)
ドイツ語版Wikipediaによると、Biarritzの作者はJohn Retcliffe。本名がHermann Ottomar Friedrich Goedsche。本名と筆名がごっちゃになり、レトクリフの読みがレドクリフになってしまったようです。後者は翻訳の問題として、前者は原文の問題でしょう。
この小説は「イスラエルの十二部族の代表者たちが、 プラハのユダヤ人墓地で年次総会を開いた時の様子を描いており、 彼らは世界の支配を確立するための長期計画の進捗状況を報告する」という内容ですから、設定がほとんど同じなのです。それでも、これだけならたまたま類似した可能性がゼロではないだろうと思います。
また、『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』の著者はMaurice Joly。ナポレオン二世ではなく、三世のよう。
フランス語版Wikipediaには文章の対比も出ていて、ここに出ているひとつだけなら偶然もあり得なくはないですが、設定が類似し、その中の表現も複数の類似があるんだったら、もはや確定でしょう。
設定や文章の類似があれば偽書である根拠としてはほぼ事足りるわけで、「核心部分」までが同じである必要はありません。
どうあっても認めない版元
しかし、ドイツ語版の版元はなおこう言っています。
吾人は上気のパンフレットと議定書の間に、某程度の類似性が存在して居ることは承認し得る所であって、それは強いて説明すれば次のやうにも言ひ得るからである「則ちプロトコールの著者はヨーリーの著書を知って居った者であらう、其処で彼は形式なり思想なりに就いてはヨーリーに模倣したものである」と。
けれどもプロトコール本来の内容に至っては、明かに猶太人的のものであると。
今は「某程度」という言い方をする人はいないと思いますが、「ある程度」の意味。
この言い分は無理です。「シオン賢者の議定書」はシオニスト会議で決議されたものなのですから、著者なんてものが勝手に書き換えたとしたらまずいし、ユダヤ人たちの考えでもなくなってしまいます。
あるいはその場で文書が配布されたりしたのかもしれないですが、それを書いた著者は賢者たちのはず。強いて説明するなら、賢者たちが過去の小説やパンフを元に決議文を作ったということになりましょう。そんなパクリをする人たちを賢者とは言わないのではなかろうか。
思想としても商売としても譲れないとの意地だけが残っている感じですが、それでもこの本は多大な効力を発揮していきます。
なお、このシオニスト会議自体は、実際に開かれたものです。『世界の猶太人網』に写真も出ています(これは第二回で、「シオン賢者の議定書」の設定は一回目)。
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