母性保護を徹底したらこうなった—ナチスと婦人運動[4]-(松沢呉一)
「保守系婦人運動家たちの期待に応えたナチス—ナチスと婦人運動[3]」の続きです。
全体主義的国民の期待に応えたナチス
保守派の婦人運動家たちがナチスを歓迎したのは、婦人運動家に限らない保守層がナチスに、あるいはヒトラーに利用価値があると考えたことと同じです。前々回の引用文で、婦人参政権を獲得したことによって、多くの女性たちが票を投じたのはドイツ国家人民党とカトリック中央党だったとありましたが、どちらの党もナチスを利用できると思ってました。
その利用はたとえばドイツ共産党の対策です。1932年の国政選挙では、584議席中100議席を獲得して共産党が第三党として勢力を伸ばし、この時点では共産党はスターリニズム体制を確立して、ソ連の脅威の出先機関になっていたのに対して、人民党や中央党はナチスが共産党の抑制をやってくれると期待しました。
全体主義ソ連に対抗することを全体主義ナチスに期待することはあまりにリスクが高いことをその時点では理解していませんでした。『我が闘争』なんて読んじゃいないですから。
適度なところで止まることができないナチスは1933年、共産党を完全に潰して、彼らの期待を叶えると同時に、中央党と人民党も潰します。中央党は勝手に解散するわけですが。
共産党も、ナチスより社会民主党を敵視し、一時は反社会民主党のためにナチスと手を組んでますから、どいつもこいつも自身の利害のためにナチスに期待をして、まんまとナチスは独裁政権を樹立したってわけです。
ナチスが反ユダヤであることくらいは知っていても、金融や流通、小売り、文化、メディアといったジャンルで力を持っているユダヤ人たちにお灸を据えてやれとの気持ちもあったでしょう。カトリック中央党に限らず、クリスチャンたちはユダヤ教とは鼻っから相容れないわけですし。
また、これら保守政党や、それを支持する層にとって、反共だけでなく、道徳の面でもナチスに期待をしていました。ヴァイマル共和国になって、同性愛者や異装者が夜な夜なクラブに集まり乱痴気騒ぎをやっている。キャバレーでも破廉恥なダンスに興じ、性的なモラルは崩壊し、売春婦や売春夫たちが群れている。海外からもそれを目当てにした人々が集まってきて、反道徳的な雑誌が売店の棚に溢れ、反道徳的な映画まで上映される。そして、フラッパーたちが破廉恥な服装、派手な化粧をしてタバコや酒に興じる。ヴァイマル共和国サイコー!!!
これを規制してくれるだろうとの期待をした人々がいて、ナチスはこれに見事に応えてくれたわけです。
※Vintage photo art deco flapper woman smoking on chair black and white photography print 1920s 着色しました。
婦人運動家たちの要求に忠実だったナチス
日本の「生めよ殖やせよ」政策もそうですし、さらに徹底していたと言えるナチスの施策は、母性重視、母性保護派の婦人運動家の価値観に合致していました。女たちは出産と育児が本分であり、そこで能力を発揮することで国家に貢献する。だからナチスは女たちの支持を得ることができたのです。「ヒトラー総統は私たち婦人が求めていることをわかってらっしゃる」と。
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