虐殺しながらエホバの証人に理想を見ていたヘス—ルドルフ・ヘス著『アウシュヴィッツ収容所』を読む[11]-(松沢呉一)
「男も女も望んでヒトラーの共犯者となった—ルドルフ・ヘス著『アウシュヴィッツ収容所』を読む[10]」の続きです。
ヒトラーは自身をメシアに喩えた
グイド・クノップ著『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』 で著者は、ヒトラーは自身をメシアであるかように演出し、国民もまたそのような存在して受け入れ、熱狂したと書いています。
最も煽動者らしい要素は、そもそもヒトラーの姿がメシアのイメージをまとっていたことです。あの頃のドイツには世界観の空白がはびこっていましたから。もはや皇帝はおらず、わたしたちの国家意識は病み衰えていました。国民の大部分は宗教から遠ざかってました。それで、国家社会主義が多くの人々にとって代替宗教になったのだと思います。それは人々をじつに深く魅了し、力の源泉のようにはたらいたのです。生活を良くするために、皆がそれにとびつきました。けれども、それはきわめて陰惨な陰の部分をもつ妖怪だったということ、そのこともまた皆が知ってました。
———イーザ・フェアメーレン 1918年生まれ
絶対的な君主である皇帝が消えただけでなく、プロテスタントを国教にしていたプロイセン王国が消えたということであって、国民の過半数を占めていたプロテスタントにとっては依って立つ足場が消えたようなものであり、その上、彼らにとっては許し難い同性愛者が群れをなし、海外からもやってくるようになり、キャバレーも売春婦も花盛りの退廃的空気に耐えられなかった人々がヒトラーをメシアと感じたわけです。
ヴァイマル共和国は政党が乱立し、混乱を生み、失政を生む原因になったのは事実だとして、その混乱は絶対的存在のもとで成立してきた共同体意識をも破壊してしまって、一党独裁への道を待望する機運を国民の間に生んだのです。
その点、ヒトラーは清潔です。酒も煙草もやらない。肉食もしないので、そのために動物を殺すこともない。結婚もしておらず、女関係の噂もない(あったわけですが、一般の人たちは知らなかったでしょう)。聖職者に近い。神にも近い。
そして、ヒトラーは神を失った人々に宗教的な熱狂を与えてくれました。
当時の写真、映像、あるいは再現した映画でも、しばしば壁にヒトラーの肖像が掲げられています。個人崇拝です。あれはナチスが販売したもので、人々は好んでそれを買いました。
それはただの飾りではなく、崇拝物でした。壁に写真や絵の入った額をかけただけでなく、祭壇を作る家が多く、その写真も『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』には出ています。そこに祈りを捧げたのです。
ヒトラーはすばらしい悪魔的なやり方で、ポーズをとりスピーチをしたのです! 女性にこそ、彼の大いなる吸引力は発揮されました。わたしの義母などはヒトラーの油絵をもっていました。義母はその肖像画を前に立っては祈りを捧げたものです。ヒトラーは救世主だと義母は思っていました。義母はまったく非のうちどころのない女性でした。それなのにヒトラーとヒトラーの演説に夢中でした。
———リーゼロッテ・ギーセン 1913年生
※『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』に出ているヒトラー祭壇に着色しました
ドイツ国民はヒトラーに喜んで騙された
グイド・クノップ著『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』で著者はその熱狂が冷めてもなお国民がヒトラーについていったのは、「信じていたかったからだ」と書いています。欺かれたとも言えるのですが、「喜んで彼に欺かれのだ」と。
信仰というのはそういうものであって、いかにその信仰が間違いであるかを指摘されても耳を貸さず、都合の悪い事実があっても見ようとしない。見ないわげはいかなくなると、それを都合よく解釈する道筋がいく通りも用意されています。
ナチスによる不都合があっても、「総裁がご存知でいらっしゃったなら」という言葉で我慢をしてしまいます。知らないからこんなことになったのであって、知っていたら決してこうはならなかったということです。万能の神であれば知らないはずはないのだけれど、すべては合理性なく合理化されてしまうのです。
そのため、ナチスがどれだけひどいことをし、どれだけヒトラーの判断ミスでドイツ兵が戦死していこうともヒトラーは傷つかない。まさに神。
さらに驚くべきことに、宗教者さえもヒトラーはキリストの生まれ変わりであると見ていました。
「アドルフ・ヒトラーを通して、われらのもとへキリストが降臨された」と、チューリンゲンのある教会顧問は賞賛している。
※戦死した夫とヒトラーの写真。ヒトラーのせいで死んだんだろうに。
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