地下鉄値上げ反対闘争から始まったチリの反政府運動—ポストコロナのプロテスト[74]-(松沢呉一)
「ホロコーストを比喩に使うことを批判する矮小化論は現実の矮小化である—ポストコロナのプロテスト[73]」の続きです。
私にとってのチリ
ここまでラテンアメリカは、メキシコとコロンビアを取り上げてますが、他にも気になる国がいくつもあります。
中でもチリです。チリついては、1973年、サルバドール・アジェンデ(Salvador Guillermo Allende Gossens)政権が、アウグスト・ピノチェト(Augusto José Ramón Pinochet Ugarte)のクーデターによって潰され、アジェンデや閣僚だけでなく、ビクトル・ハラ(Víctor Jara)を含めた多数の市民が競技場に集められて虐殺されたことを大学の時に知って以来、自分の中では特別な存在です。
このピノチェトのクーデターは米国が背後にいて、長らく軍事独裁政権が続くのですが、中国共産党までがこれを支持。独裁仲間。
チリでは今もビクトル・ハラの「平和に生きる権利(El Derecho de Vivir en Paz)」がプロテストの中でよく歌われています。
どこの国だったか忘れましたけど、ごく最近、チリではない国でも「平和に生きる権利」が歌われていて、ビクトル・ハラの存在、ビクトル・ハラの歌は抵抗の象徴です。
「平和に生きる権利」と並ぶのが「不屈の民(El pueblo unido, jamás será vencido)」。こちらもビクトル・ハラが歌ってますが、作曲はセルヒオ・オルテガ(Sergio Ortega Alvarado)、作詞はキラパジュン(Quilapayún)。
この曲を伝え続けているInti Illimaniの演奏です。
どちらも昨年の映像です。
半ば歴史的評価が定まったチリにおける音楽運動に対しては、日本でも本が出ていて、これらの音楽をカバーする人たちもいますから、興味を抱く人が多くて、それを知識、教養として語りたがる人たちも多いわけですが、本年進行していた、ナイジェリアのEndSARSに興味を抱く人は極々少ない。あれも音楽が大きな役割を果たしていたんですけどね。
結局これも自分の判断ができる人の少なさに起因するのだろうと思います。「反体制運動」「民主運動」といったものにもお墨付きが必要なのです。
EndSARSを報じていても、ミュージシャンの役割について触れている記事は日本にほとんどないため、私も「ポストコロナのプロテスト」をやっていなかったら気づけなかったでしょうから、このシリーズをやってよかったです。EndSARSが今のところ成果を残したとは思えず、その後もナイジェリアではイスラム過激派による虐殺、おそらくは盗賊団による300名以上の学生の拉致(全員無事帰還したよう)などが相次いでいるのが、返す返す残念です。
始まりは地下鉄値上げ反対闘争
今回動画を観ていて気づいたのですが、スペイン語でも英語でも「チレ」ですね。正式名称はRepública de Chileであり、スペイン語読みでChileは「チレ」です。どうして日本では「チリ」なんだろうと思ったら、植民地時代は「Chili」であり、それがそのまま残ってしまったようです。「チレ」と言ってもわからんので。「チリ」でいきます。
チリでは昨年から反政府プロテストが広く激しく行なわれていたのですが、何を求めているのかわかりにくくて、「本シリーズでチリは取り上げなければ」と思いつつも、整理するのが面倒で遅くなってしまいました。
2019年10月6日に実施される予定だった地下鉄値上げがそもそものきっかけです。
ミニスカ女子高生たちも参加した学生たちの不正乗車運動があっという間に破壊運動に転じ、多数の駅が焼き討ちされて、地下鉄の機能停止になり、セバスティアン・ピニェラ(Miguel Juan Sebastián Piñera Echenique)大統領は10月18日に非常事態宣言を出し、翌日には夜間外出禁止令が出されます。
それでもプロテストは拡大して、10月末には全国で100万人規模のプロテストになっていきます。その規模は、上の「不屈の民」の映像でもわかりましょう。
たかがと言えばたかが地下鉄の値上げでなぜそこまでのことになるのかがわかりにくいのですが、チリの公共交通は料金が高く、貧困層では収入の30パーセントが交通費で消えていきます。日本円で言えば月に10万円をやっと稼いでも、自身の交通費、子どもの通学費で3万円が消える。
国全体の経済は発展してラテンアメリカの手本と言われながら、貧富の差が激しく、一部の富裕層が富を独占し、労働者の半数は最低賃金程度の収入しかなく、物価は上昇し続けているため、生活は苦しくなる一方で、借金をするしかない現実の象徴が地下鉄料金でした。
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