その後のハリケーン・アイダとインドの熱病とミャンマーのクーデター/現在のギニア—顔の見える場所・見えない場所-(松沢呉一)
顔が見える人たちの死と見えない人たちの死
バイデン大統領は元ハリケーン・アイダの豪雨被害のひどかったニュージャージーとニューヨークを視察して、気候変動が重要な危機になっていて、その対策に本腰を入れて取り組む旨の演説を繰り返しています。
南部もなお被害が継続していて、まだ見つかっていない行方不明者がいますし、数十万人が電気のない生活を強いられています。報道を見ていて、「想像が及んでなかった」と実感したのは障害者です。電動のベッドで寝起きする障害者は動けず、電動車椅子を使っている障害者はバッテリーを充電できない。電動じゃなくても、エレベーターを使えないので、自宅から出られない。
いかに危険だと言われても行政も政治家も何もしなかったのに、子どもが車に轢かれて死ぬとすぐに信号が設置されるようなもので、顔が見えるところで人が死なないとなかなか危機を実感せず、行動を起こせないものです。これを克服できないのであれば、前に書いた「人類が生き延びる条件」をクリアするためにはあちこちでたくさん人が死ぬことが大事。ひどい話ですが、これが現実だと思います。
子どもが次々と死んでいくインドの熱病は、この現象の中心地になったフィロザバードについて言えばやはりデング熱だったと保健省が発表。もともと子どもが持っていた慢性性の疾患が洪水で悪化、あるいは新規に発症したところにデング熱に感染した結果が多数の死を招いた模様ですが、そもそも感染者の母数がムチャクチャ多くて、2軒おきに高熱と胃痛に苦しむ子どもがいると報じられています。ほとんど全員が感染していて、3分の1が発症しているってことです。
原因が判明して対応がしやすくなって、死者数はあまり増えていないのですが、病院のベッドが満杯になっています。
他の地域では、デング熱に感染していない子どもでも多数死んでいるとの報告もあって、とくに乳幼児の場合、普通だったら死なない病気でも、洪水によって死亡率が高まることはありそうです。
どんだけ死のうが顔が見えない数字でしかないですけど、最近、日本にいるネパール人、スリランカ人、バングラデシュ人、インド人のおかげで南アジアが近くなっちまっているので、ついつい気になってしまいます。コンビニや雑貨店の店員たちとわずかな会話を繰り返すだけでも距離は縮まり、顔が見えてきます。
ミャンマーでは民主派勢力が戦闘宣言を出して、これからまた人が死にそうなので、祖国のことを思うだけで泣きそうになるミャンマー人のコンビニ店員を慰めてきたいのですが、彼女はあんまり出勤していないのか、時間帯が合わないのか、その後見かけていません。
※2021年9月8日付「INDIA TODAY」 写真は学校みたいに見えますが、テーブルの上にあるのは薬なので、病院のようです。
銭湯で会ったギニア人の怒りがクーデターに
ギニアでもクーデターが起きていて、あれはミャンマーと違って国民の多くが支持しているクーデターです。野党各党も軍主導の暫定政権に参加すると表明。
以下は内容がちょっと古くなってますが、クーデターを歓迎する人々を御覧ください。
この報道を観てすぐに思い出したのは銭湯で会ったギニア人の怒りです。彼もたぶんクーデターを支持していると思います。
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