限界突パ

「会話の中にも上達のカギがある」――ダルビッシュ有の言語化能力が侍ジャパンにもたらした“ケミストリー”

これほどまでに充実したキャンプになるとは想像もしなかった。

「今回はダルビッシュ(有/パドレス)投手が(メジャー組で参加したのは)一人でしたけど、明らかに化学変化が起こっている。チームのピッチャーやバッターが会話しながら、すごくチームを進化させている」

そう振り返ったのは栗山英樹監督だった。

10日間取材をして何より感じたのは、選手たちが発する言葉の一つ一つに重みが増していったことだった。そして、それらは彼らの行動にもつながった。

25日の強化試合で1回を無失点に抑えた伊藤大海(日本ハム)が興味深い話をしていた。

「やっぱ言葉って責任があると思うんです。だから、会話の中にも上達のカギがあるのかなと、それはダルビッシュさんを見ていて感じました」

これほどまでにコミュニケーション力の高かったグループはないのではないか。ダルビッシュを起点にして、チームメイト同士のやりとり、コーチとの話し合いから、メディア対応に至るまで。侍ジャパンのメンバーたちは思考しながら言葉を選び、成長の糧にしているようだった。

ダルビッシュの合宿参加が、今年のメンバーに言語能力に厚みを加えたのだ。
若い選手からしてみれば「神のような存在」だった。だが、ダルビッシュは彼らに友人のように接した。合宿の当初から積極的に声を掛け、質問をして選手たちの考えを聞くことに奔走し、その行動を理解しようとした。

「なぜ、その練習をやっているの?」

「どういう意図があるの?」

それが、日本で活躍するトップ選手たちの口を饒舌にした。

上から目線ではないスーパースターからの優しい問いかけに、適当に答えるような人間はいない。選手たちは自身の取り組みについて頭で整理し、言葉にした。

佐々木朗希(ロッテ)はダルビッシュとのやり取りをこう振り返っている。

「ダルビッシュさんは年下の選手にも同じ目線で話してくれています。そこで僕の意見を言ってまたそれに対する意見をもらったりだとかをするので、自分がいつもどういうふうに考えていたのかが分かる。ダルビッシュさんと話をしていてそれを思いました」

普段は自分なりの意図を持って行動していることでも、言葉にして伝えるとなると頭を整理しなければいけない。それまでの「何となく」は明確に整理されていくのだ。

代表最年少の高橋宏斗(中日)も自身の変化を口にする。

「適当なことは話せないです。自分自身でやってきたことをしっかりと言葉にすることでもう一回、自分自身に言い聞かせるじゃないけど、そういうことには繋がるのでいい時間を過ごせたと思います」

言葉の持つ意味。それは自分の中に軸を作るということだ。何となくの思考が、言葉にすることで自分の中での核心に変わる。ダルビッシュがそれを意図したかどうかはともかくとして、自分の意見を言い合っているうちに考えが整理されているということは選手にとって耐え難い経験と言える

ダルビッシュは終始一貫、WBCに対して、頂点を目指すのだけれども、それ以上に成長のステップとすることを口にしてきた。それが「野球を楽しむ」という言葉に集約されているが、互いに思考し、コミュニケーションを取ることで生まれる何かがあると思っているのだろう。

国内ではエース格の山本由伸(オリックス)もこう話している。

「感覚って言葉にするのは難しいじゃないですか。それを伝えようとすることによって、いつもより脳みそを使っているなと思います。ただ、ダルビッシュさんは知識がたくさんあるので、受け止めてくださっているというのはあるのかなと思いますけど。ダルビッシュさんが言ってることに確かにそうだなってすごい共感できる話があって、本当にダルビッシュさんの人間性とかもすごい大好きだから、素直に聞き入れる話ばかりをしてもらっています」

会話をするうち、ダルビッシュに気付かされるのだろう。「会話の中に上達の鍵がある」という伊藤の言葉にあるように、コミュニケーションをするうち、選手は思考し、自分の中に芯を作るキッカケをもらっているのかもしれない。

ダルビッシュはもっとも発信力のあるアスリートだ。SNSで自分の意見をどんどん言っていくし、音声アプリ『stand fm』でもLIVEをたびたび開催しファンとの交流を図っている。

これは彼の中に確固たる芯がなければできないこと。発信活動の賜物とも言える。常に思考しているからこそ、たくさんの言葉が出るし、発信するからこそメンタルを強くして、選手として高いステージに向かうことができるのだろう。意見を言うことは人間形成の一つでもあるのだ。
メジャーリーガーのスーパースターになり、それでも偉ぶることなく、チームに溶け込んでいる。充実した日々を送る選手たちからはダルビッシュが作り出した空気感で選手の成長を見ることができた合宿だった。

「(メジャーの)チームから信頼される人って、こういう人なんだと思いました」

少年のような瞳を輝かせた山本由伸の言葉は、チームメイト全員が感じたことでもあるに違いない。

ダルビッシュにたずねた。

メジャーのスーパースターとして世界でリスペクトされているダルビッシュの境地に、我々日本人はどうすれば辿り着けるのだろうか、と。

「自分が特別だと思わないところじゃないですか。ファンの方々も僕らも基本的には同じ(人)なので。確かに自分たちはいろいろ写真撮影とか、サインくださいとか言ってもらえますけど、その価値というのは勝手に周りが作ってくださっているもので、本来の価値というのは生まれた時から変わらないわけじゃないですか、そこに惑わされないで、自分の言動に関しては気を付けるということ」

合宿初日からファンサービスを積極的に行うダルビッシュの姿はとても印象的だった。

最初の頃はサインをしなかった日本の選手たちも、一人、また一人と、ダルビッシュのようにファンの前に立つようになった、

日本の選手たちへ声を掛け、言葉を引き出し、そして行動まで変えた。ダルビッシュがこの合宿で日本に与えたものはとてつもなく大きい。(2月28日 digest WEB)

 

編集後記

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