甲子園が中止になった2020年夏の絶望を糧に~遅れてきた怪物たちの世代が今、熱い〜<SLUGGER>
18年ぶり5度目の全日本大学選手権優勝を果たした青山学院大の安藤寧則監督は、答えに窮した。
「う~ん、どうなんでしょうね。県岐阜商のグラウンドで初めて見た時に熱は感じたので、その時からすごいなと思って……」
昨年の全日本大学野球選手権大会でMVP級とも言える活躍を見せた3年生スラッガー佐々木泰について尋ねた時のことだ。
「(甲子園などの)大会に出れず、苦しい思いとかがある中で、大学でやるんだっていう思いはより強かったかもしれないですね」
高校野球を20年以上にわたって取材し、また大学・プロなどの全カテゴリーも見る中で、ふと気づいたことがあった。
何不自由なく野球ができたコロナ前の世代と、それ以後とでは分けてみる必要があるのではないかと。
こと育成において、伸び率は計り知れないところがある。コロナ禍で甲子園がなかった世代たちは特にだ。
今年は、高卒でプロに入って4年目の選手や大学4年生の世代の活躍が著しい。
その代表格と言えるのが中日の右腕・髙橋宏斗だ。
3月にWBCの世界一メンバーとなった髙橋は、コロナ禍で甲子園が消滅した世代の代表としての意識を強く持つ選手の一人で「僕が活躍することで、同じ悔しい思いをした仲間たちを勇気づけられればと思ってますね」と語る。
髙橋以外にも、この世代には逸材が多い。昨季の開幕投手として一軍デビューを果たし、その後も好投を続けるオリックスの剛球右腕・山下舜平太、山本由伸(オリックス)と瓜二つの投球フォームで話題を集める内星龍(楽天)、支配下登録2年目にしてセンターのレギュラーを手中に収めつつある長谷川信哉(西武)昨季は開幕スタメンを果たし、シーズン終盤に初本塁打を放った山村崇嘉(西武)などだ。
そこに大学4年生の佐々木や、今年のドラフトの目玉・宗山塁(明治大)、昨季の全日本大学選手権大会2回戦で東京ドームの右翼スタンドにぶち込んだ大商大の渡部聖弥が加わる。
彼らはみな、2020年に最後の夏を経験できなかった選手たちだ。
「あの時はもうつらいっていうか、本当に悔しい気持ちだったんですけど、目標がまだまだ上の目標にあったので、くじげずに頑張ってこれたなと思います」。
佐々木は当時の経験をそう振り返っている。
もっとも、彼ら「甲子園消滅世代」は、悔しさを持っているから頭角を表したと言いたいのではない。甲子園がなく、試合ができず、練習もままならなった選手たちだけに、成長の時期がやや遅れてきたのではないかと見ているのだ。
山下、内、長谷川の3人は、20年8月に甲子園などで開催された「プロ志望高校生合同練習会」(トライアウトのようなもの)の参加者でもある。
ドラフト1位指名された山下は正当に評価された方だが、内は6位、長谷川は育成2位。“遅れてきた怪物”と呼べるかもしれない。
「高校の練習ってどこもしんどいじゃないっすか。どうして抜きたくなるんですけど、甲子園がないのに、それでも最後まで練習をやりきれたのは自信にはなりました」
西武のホープ長谷川は苦しい日々のことをそう語っている。
甲子園中止は残念だったが、いつまでも下を向いてはいられないと気持ちを切り替えた。プロという目標に向けて練習を再開し、その強度も下げなかったと、長谷川は話す。
長谷川のプレーぶりを見ていて思うのは、果たして彼が高校時代に正当な評価を受けていたのかということだ。育成出身の選手はどちらかというと一芸に秀でた選手が多い。だが、長谷川はすべての能力がバランスよく高い。足は速いし、守備範囲は広く、スローイングも安定している。バッティングにも天性の柔らかさがある。敦賀気比高出身らしく、自己主張の強さも持ち味である。
長谷川に尋ねてみた。
甲子園があったら、もっと人生は変わっていたんじゃないかと。
「プラマイゼロじゃないですかね。甲子園に出ていれば、それはそれで打てなかったら評価は下がる。16打席ノーヒットやったら指名はされなかっただろうし。甲子園の練習会では自分の持ち味は発揮できたなって思ったし。育成指名でも、僕は嬉しかった。高校の練習がしんどい中で上手くなりたいと思って最後までやれたし、それは今にもつながっていると思います」
部活停止による練習量の低下、試合経験の減少、甲子園の中止。
それらを体験した時、長谷川ら当時の選手たちは絶望もしただろう。だが、それらをプラスに捉えられるようになったのは、その後の生活が充実しているからだ。「コロナのせいでうまくいかなくなった」と決めつけてあきらめるか、そこから何を得るかで人生は大きく変わる。
プロでも大学でも、甲子園中止世代が活躍しているのは偶然ではない。彼らはみな絶望から這い上がり、その才能を開花させているのだ。
大学の下級生時から「今すぐプロのショートで活躍できる」とまで評価されている明大の宗山は、こんな話をしている。
「甲子園は大きな目標の一つだったんで、それがなくなって改めて気づくことがありました。個々に使う時間が増えて、考える時間がありました。その時に自分の技術を見つめ直しましたし、その時間はすごい大切でした。改めて感じるのは、普段、考えてやることがすごく大事ということ。何となくやっている選手と練習量が同じでも、成長の速さが異なると思う。意識の違い、考え方の違いで、同じ練習でもすごく上手くなれると思います」
遅れてきた怪物たち。そう言っては大袈裟かもしれないが、すでにプロでもトップクラスにいる髙橋を中心としたこの世代の選手を見るたびに、これまでにない新たな選手の成長曲線が生まれているような気がしてならない。
「甲子園が中止になったことを、僕は悪いことだと思っていない」
中日の髙橋はそう言っている。この世代が球界を席巻する日は、そう遠くないかもしれない。(2023年6月19日掲載)
編集後記
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