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ninesコラム「野球一考」 実技編➄ ピッチャーのランニング(1)

ninesコラム「野球一考」 実技編⑤ ピッチャーのランニング(1)

世界的に外出が制限される中、大学の授業はオンラインのネット配信で実施されているところも多いようです。私も自宅の一室を授業用に整理をして、なんとか通常の講義と同程度の質を保てるように準備していた折、大学でコーチをしていたときの資料を見つけました。

そして、この中で使えるものを、皆さんと共有するべきではないかと思い立ち、今回は当時実施していた「ピッチャーのランニングトレーニング」に関する一例を取り上げたいと思います。

このような時だからこそ、多くの方々と知識や経験を共有して、いつか必ず訪れる野球シーズンに向けて、「頭の準備」をしておくのも有意義ではないかと思いました。また、ピッチャーにランニングは必要だが、その内容を考える上で迷っている選手・指導者も多いのではないでしょうか。そのような方に対して、引き出しの一つとして考えていただければ幸いです。

ピッチャーのランニングというと、一昔前までは「いいから走ってろ」的な内容のものが多く、それをやる選手も目的がはっきりせずに、「やらされている」感が満載でした。とはいえ、いまだにピッチャーのランニングはこうすべきだという鉄則のようなものはなく、「ピッチャーにランニングは要らない」という極端な理論まで出回っています。

しかし、MLBやNPBのような体が出来上がったプロはともかく、いまだ発展途上の学生(高校・大学)に関しては、様々な身体能力の向上を意図した内容のトレーニングが、やはり必要になります。

今回紹介する内容は、主に公式戦や練習試合が実施されるシーズン中の、通常の練習時におけるピッチャーのランニングトレーニングを取り上げます。

野球のピッチャーの仕事は、瞬発的な動きを短時間の休憩を挟んで繰り返し行うものであるため、一般的には長い距離をノンストップで走るよりも、ある程度短い距離を全力で走り切ることを、休憩を挟んで繰り返すといった内容のものが適していると考えられます。だからといって毎日インターバルトレーニングのようなことを繰り返していては、いくら若い学生でも身体は持ちません。学生、特に高校生は週末に練習試合をこなし、平日は練習というサイクルであることが多いことから、野球のピッチャーの代謝特性を踏まえた内容の例を挙げてみます。

月) 休み
火) 有酸素系(例;長距離ランニング)
水) 耐乳酸系(例;インターバルダッシュ)
木) ポール間走(全力)+ ウィンドスプリント(フォーム重視でストライドを長めに)
金) 短距離ダッシュ(各回全力、完全休息)
土) 登板 OR 短距離ダッシュ
日) 登板 (土曜日登板した投手は登板せず、この日に回復系ランニング)

これは元プロの方々や私の経験、そして様々な文献から学んだことを参考に得られた、私がコーチをしていたときの、東京国際大学野球部の投手陣のランニング(試合期)の例です。

月曜日は練習が休みという設定にします。いまだに年中無休で練習させている指導者がいるようです。私の大学時代の恩師である故前田祐吉監督の教えでもありますが、「野球だけでは人間は出来上がらない」のです。野球だけしか知らないという人間は、本人にとっても社会にとっても良いことにはつながりません。

火曜日は有酸素系の代謝機構に負荷をかけます。一般的には、長い距離をノンストップで走るやり方は野球に適していないと言われていますが、まったく必要がないとは私は思いません。特に身体的にまだ発展途上である高校生は、身体のあらゆる機構系統に負荷をかけて、全身的な発達を促す必要があります。もちろん、10㌔、20㌔のような陸上長距離選手並みのことをやるわけではありません。2~3㌔程度の、陸上競技で言えば「中距離」に相当するような長さを、できるだけ速く走り切るようにすることで、休日明けの身体を覚醒させ、翌水曜日からの練習に備えるという目的もあります。

水曜日は、身体の乳酸系機構に負荷をかける内容のものを行います。広く知られているものでは「インターバルトレーニング」でしょう。一定の長さの距離を全力で走り切り、短い休憩をはさんで繰り返すというものです。このときの走る距離は、個々の最大速度で走ることができる長さとするため、高校生の体力であれば(個人差はありますが)200㍍前後というところでしょうか。

ただ、これはなにも走ることにこだわる必要はありません。一定のトレーニング種目を全力で反復し、それを短い休憩を挟んで繰り返す、いわゆる「サーキットトレーニング」のような形式でも代替できます。

これは無酸素性代謝機構に負荷をかけて、乳酸耐性を向上させることが目的です(有酸素性機構と無酸素性機構を同時に鍛えることができるとも言われています)。野球のピッチングとは厳密には異なる運動形式ですが、しかし、この耐乳酸系機構に負荷をかけるトレーニングは、どんなスポーツにも少なからず必要なものだと私は思います。

人によっては「単なる根性主義的」だと映るこの様式のトレーニングですが、動作効率(無駄な動きを排除して効率的な動き)を高める上で効果的であると論じている文献も多くあります。

また、今はお勧めできませんが、一昔前には「何時間もバッティングピッチャーをやらされたおかげで、できるだけ余分な動きをせずに力のある球を投げるコツをつかめた」と証言するピッチャーも実際に存在します。

また武道の世界では、「疲れてからの稽古が本当の稽古だ」ということも多く聞かれることから、この考え方も動作によってはあながち間違いではないのではないかと思っています。しかし野球のピッチングのような、身体のある一定の部分(肩・肘)に極端な負荷(組織の断裂)がかかるような運動においてはプラスの効果よりもマイナス要素の方が高くなる可能性があるため、このトレーニングの応用の仕方には指導者の知見が求められるでしょう。

木曜日はポール間走をメーンに、正しいフォームで走ることを目的とした内容にします。火曜日と水曜日のメニューからのリカバリーも念頭においています。だからといって楽なメニューではありません。ポール間は距離にすると、球場の形によって違いはありますが、180㍍前後になります。50㍍ダッシュのときのような爆発的な動作というよりも、この距離をフォームを崩さずに最大努力で走ることを目的とします。

これは単なる代謝系トレーニングとしてだけでなく、体幹部の安定性に寄与することも意図しています。何本かは80%の速度で、フォーム重視でストライドを広める、あるいはリズムを一定にして走るようにします。

金曜日は登板前日を想定したものです。短距離ダッシュを、完全回復ができる休憩時間を挟みながら行います。これはとにかく全力で走ります。ゴールしてスタートに戻るのも、もちろん歩きです。一昔前だと頭の固い指導者は、「何歩いてるんだ!」と怒る方も多くいました。しかし、これは疲れさせるのが目的ではなく、一本一本全力を出させることが必要なのです。話しながら、歩いて戻っても何も悪くありません。距離にしたら、30㍍程度でいいでしょう。歩いてスタートに戻ったら、完全に回復するまで休みます。タイムを測定しながら、自身のMAXに挑戦しながらやるのもいいでしょう。

土曜日と日曜日は登板日という設定です。登板日の準備は、それぞれの方法があると思いますので今回は省きます。土曜日に登板して、翌日曜日に登板しない場合は、日曜日に回復のためのコンディショニング走(ゆっくりとしたジョグを適宜)を行います。土曜日は登板せず、日曜日に登板する予定であれば、土曜日には金曜日に実施した短距離ダッシュと同じような、瞬発系に刺激を与えるトレーニングを行っておきます。

以上が、私がコーチ時代に実施した「試合期」におけるピッチャーのランニングトレーニングの一例です。このランニング以外にも、日によって体幹強化やウエイトトレーニングなどを行うことになります。そして、シーズン終了直後・シーズン前の強化期間は、やはり上記の内容とはまた違ってきます。

私に限ったことなのかどうなのか、トレーニングコーチやコンディショニングコーチという立場の指導者は、通常の練習中は投手陣と行動を共にする時間が多くなるのだと思います。バッティング、守備、試合形式練習など、内容が多岐にわたる野手陣に比べ、投手陣は極端に言うと、投げたらあとはトレーニングして終わり、というケースが多いからです。投内連係や野手が行う試合形式の練習に合流することもありますが、それを「投げる」に含めたとしても大した時間にはなりません。つまり、「投げる」以外の時間は、投手陣はトレーニングコーチに委ねられることになるため、トレーニングコーチは「投手コーチ補佐」のような感じになります。

私が大学でコーチをしていたときは、投手コーチには浅野啓司さん(元ヤクルト-巨人で投手、通算86勝)がいて投手陣をまとめ上げていました。浅野さんは投手陣のトレーニングに関しては私に一任していただき、浅野さんからの助言や私の経験、そして文献から学んだことを現場で生かすことができたため、私にとっては10年間の大学でのコーチ経験は非常に貴重な経験となりました。

私は2006年秋から東京国際大学野球部の指導に携わりましたが、浅野さんが投手コーチとして指導した数年間で、投手陣は大学球界トップクラスと言えるところまで伸びてくれました。2011年に大学選手権でベスト4(準決勝で慶大に4-6敗退)に進出したチームには、卒業後にプロに1名(阪神)、社会人に3名(JX-ENEOS、新日鉄鹿島:現日本製鉄鹿島、セガサミー)が進み、後輩たちに道を作ってくれました。いい指導者といい選手たちに恵まれ、私の10数年間の指導経験は、今度は私が指導者を志す学生たちに教える上で、貴重な財産になっています。

今回紹介した方法は、登板予定に合わせて、いろいろ変化させることができると思います。これを参考にしていただいて、また一つ発展した方法があるようでしたら、ぜひ私にも教えていただきたく思います。最後までご覧いただき、ありがとうございました。

<赤池 行平>
1968年、長野市出身。長野高-慶大。高2春に甲子園出場。慶大では3度のリーグ優勝を経験。セガサミー野球部トレーニングコーチ、東京国際大学野球部コーチを歴任。2011年、同大学の大学選手権ベスト4進出に貢献。2016年にコーチ退任後は同大学専任講師として、野球のバッティングに関する学術論文を公表(日本運動生理学会誌/英文版)している。

 

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