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【高校野球】甲子園中止 失意の球児にメンタルコーチ松下さんが問う 素振りを続ける意味とは

【高校野球】
夏の甲子園中止を受け、メンタルコーチの松下信武さん(神奈川県)が、担当する長野県内の野球部員に宛てたメッセージが、目標を失った球児たちを前へと向かわせた。甲子園大会がなくなった今、素振りを続ける意味とは…。野球をする本来の目的を問いかけているメッセージを松下さんに許可をいただき、全文を掲載する。

「素振りを続ける意味」

メンタルコーチ 松下信武

夏の甲子園大会が中止の可能性が高まるなかで、ある高校の野球部の監督さんから、「ある高校球児のコメントで『素振りをしていて何の意味があるのか考えてしまう。早く受験勉強に切り替えた方が良いのではないか』というのがあった。このコメントにどう答えたらよいのか」という意味のメールをいただきました。おそらく、この文章を読んでいる選手の人たち、あるいは、マネジャーの人たちは、この高校球児と同じ思いを持つ人が多いと思います。

この高校球児のコメントは、率直で、本音で、すばらしいと思いました。メンタルコーチとして、率直に、本音で回答しなければいけないと思って、ずっと考えました。

私の答えは「素振りを続けてほしい。それがスポーツで一番大切なことだから」なのです。

野球だけでなく、スポーツとは何か、について考えてみました。この問題について、早稲田大学のラグビー部を率いた名監督の大西鐵之祐(てつのすけ)先生のお考えが素晴らしいと思いました。

大西先生は、スポーツというものは、その競技をすること自体が目的だと考えられました。これをスポーツの自己目的性と言います。自分のすべての力と技術を出し尽くして練習し、試合において、ベストを尽くすこと自体が目的だという大西先生の言葉に接したとき、私の頭の中で、いろいろな考えが一瞬で結びつきました。

ビジネスでも、芸術でも、優れた業績を挙げた人は、仕事や芸術に携わること自体を目的としていることに気づいたのです。そのような人達にとって、優れた業績を挙げたのは、夢中で仕事をした結果であって、目的ではありません。お金もうけや、有名になることは、第二、第三の目的です。第一の目的は「そのことに集中し、努力をすること」なのです。第二、第三の目的も大切ですが、優先順位を間違えてはいけないと思います。

レンブラントという画家の名前を聞かれた人も多いと思います。17世紀のオランダで活躍した画家です。彼は若いとき名声を得て華やかな生活を送りますが、晩年は貧乏になり、絵の具にも事欠くようになったと言われていますが、彼の自画像のなかで傑作とされる作品は、不遇な後半生に描かれています。

レンブラントが、苦しい生活のなかで、絵を描き続けた理由は、レンブラントにとって、絵を描くこと自体が目的だったからだと思います。私は、皆さんが将来、幸福な人生を送って欲しいと思ってサポートを続けています。幸福な人生の要素の一つが、よい仕事をすることです。「甲子園大会が中止になったからこそ、バットの素振りを続ける」ことは、将来、よい仕事をするための第一歩なのです。

野球をすること自体が目的になれば、最強のメンタルを創れます。なぜならば、失敗をしても、レギュラーに入れなくても、モチベーションが下がらないからです。私は心理学の研究者ですので、心理学の研究をすること自体を目的にしています。私は75歳ですから、心理学の歴史に残るような研究をする時間はおそらくないと思いますが、毎日、必死になって研究論文に取り組んでいます。その研究論文が学会の審査に不合格になるかもしれませんが、研究すること自体が楽しいので、合格、不合格は気になりません。自己目的性の効果を実感しています。

夏の甲子園大会が中止になって、落胆したり、腹が立ったり、やる気がなくなったりするのは自然です。その感情を表現することも自然です。しかし、そのような状況のなかで素振りを続ける、あるいはシャドーピッチングをする、ストレッチをする、近所をジョギングするなどの、努力をしてほしいのです。マネジャーの人たちは、優れたマネジャーになるために必要な知識を身に着ける努力をしてほしいです。逆境にあっても、決してあきらめず、努力をし続けることは、最も効果的なメンタルトレーニングです。

夏の甲子園大会が中止になったことで、3年生と、その他の学年では、野球をすること自体を目的にすることは共通していますが、その他のメンタル的な対処方法は違ってきます。

3年生は高校卒業後の進路について考えることが付け加わってきます。卒業後の進路については、保護者、監督、コーチとよく話し合ってください。不本意な状況で、一人で考えると、どうしてもネガティブな考えばかりが浮かんできます。引退の時期は、学校、あるいは所属する部で決められると思いますが、その時期までは選手であり、マネジャーですから、来季のチーム作りの基礎をつくる責任があります。下級生の模範となる行動を示してください。不本意な状況、あるいは不安定な状況では、人としての品格がその言動に現れます。どうか、人間として品位のある行動をとってください。

1年生と2年生は、来年はどうなるのだろうか、と不安になる一方、試合再開後の期待の気持ちも沸いてくるでしょう。未来は、コロナウィルス感染が拡大するなかで、いっそう不確実です。そういうときは、「不確実であること」を受け入れて、今、自分でできることに集中して取り組んでください。

そして野球をすること、野球に携わることが第一目的とする「こころ」を創ってください。その「こころ」を支えるのが、あなたを支援してくれる、保護者、指導者、友人への感謝の気持ちです。こころが折れそうになったとき、こころのなかで、「ありがとう」と支援をしてくれる人に語りかけてください。

以上

<まつした のぶたけ>
大阪府出身。メンタルコーチングや経営に関するコーチングなどの事務所「ゾム」代表。日本電産サンキョーでスピードスケート選手も指導。

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