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【高校】甲子園本部委員の小林善一さんが大会をリポート

慶応高校の107年ぶりの優勝で幕を閉じた第105回全国高校野球選手権大会。4年ぶりに大声援が戻った夏の甲子園では数多くのドラマが繰り広げられた。その舞台で、元長野県高野連会長の小林善一さん(69)=長野市=は、10年間にわたって大会の本部委員として熱戦を見届けてきた。優勝した慶応、2連覇を逃した仙台育英はどんなチームだったのか。今大会、さらに近年の甲子園での戦略の傾向は。この夏で本部委員を退任した小林さんに甲子園リポートを寄せてもらった。県勢が全国で戦うためのヒントが見えてくる。

「第105回全国高等学校野球選手権記念大会を振り返って」
小林善一

この夏の第105回記念の甲子園大会は慶応高校が107年ぶり2回目の優勝を飾った。甲子園球場は来年で開場100年を迎えるが、第2回大会の会場は大阪の豊中球場であったため慶応(当時は慶応普通部)の甲子園での優勝は初となった。

慶応のこの夏の戦いは投手力と応援の後押しもあっての一気呵成の攻撃力が優勝への原動力になっていた。特に投手では伸びのあるストレートとスライダーのコンビネーションで試合を作っていた左腕の鈴木君の成長も大きいが、何といっても内外角を丁寧に突く切れのあるストレートが魅力で抜群の安定感を誇ったエースの小宅君の存在が大きかった。

その中で優勝への道を手繰り寄せたのは、やはり準々決勝の沖縄尚学戦であったと考える。5回を終わって0-2、クーリングタイムが終了した後の6回が全てであった。清原君が代打で登場して球場のボルテージが一気に上がり、スタンドの雰囲気が一変。その影響を一番受けたのは、本来の姿を失ったのは沖縄尚学のエース東恩納君であった。

彼の素晴らしいところはピンチとなるとスピードもボールの切れもギアを一段も二段も上げられるところにあると見ていた。ところがあの場面、彼には、それまで彼が見せたことがない力みがはっきりと見て取れた。あれだけ冷静さを取柄とする東恩納君でも慶応の流れを食い止めることはできなかったところから、慶応の優勝が見え始めていた。

また、決勝に進んだ仙台育英の総合力はやはり参加校では群を抜いていた。その仙台育英でも慶応の流れを食い止めることはできなかった。試合前からその雰囲気を感じたのは先発湯田君の投球練習であった。試合前でも異例となる慶応の大声援の中、ブルペンでキャッチャーを立たせての投球時からボールが高く、懸命にノーステップなどを取り入れて試合への入りを調整していた。

何とかボールが落ち着きだしたところで試合に臨んでいたのだが、本来のボールの切れとコントロールではないとように見えた。その後の試合中の彼の投球は多くの人が見た通り、あれだけの投手でも集中力を削がれる雰囲気が試合の流れを決めていった。

須江監督も試合前と5回終了後のクーリングタイムで懸命に選手たちにアドバイスを送り、チームを立て直そうとしたが、大きな流れを変えることができなかったと感じた。

また、大会を通して優勝を左右すると思われ印象に残っているのはやはり仙台育英と履正社の3回戦であった。緊張感のある力と力のぶつかり合いが見られ、やはり今大会の中では強く印象に残る試合であった。この試合の前のベンチでは履正社の多田監督はリラックス、仙台育英の須江監督には緊張感が感じられ、両チームの監督さんの雰囲気は対照的であった。

この試合、内容から言えば履正社が勝利してもおかしくない展開であったが、2回の仙台育英の2ランホームランが履正社に重くのしかかり、また、勝負どころでの決勝スクイズが仙台育英を勝利に導いた。

あのスクイズの場面ではこれまでの仙台育英の戦いぶりからスクイズの可能性が高いとネット裏で話していたが、仙台育英の試合巧者ぶり、須江監督の采配が的中した見事な攻撃でもあった。仙台育英についてはその選手層の厚さとレベルの高い緻密な野球から、これからも全国の高校野球界をけん引していくものと思われる。

この10年、甲子園大会の運営に関わり、多くの選手や指導者、そして試合を見る中で感じたことを最後に何点かお伝えしたい。

【投手力】
複数投手制が確立されつつある。数年前から甲子園でも導入されてきたが、当初は2戦目などで投手起用を失敗するケースが見られた。今大会を見ると同程度の力のある複数の投手を持つチームが増えたことから、この暑さ対策も含めて複数投手を持つチームが連戦を乗り切るには絶対的な条件となりつつある。

コロナ禍を経て投手力が目に見えて向上し、140㌔後半を掲示する投手が多く見られた。ただ、スピードがあるのは大きなアドバンテージではあるが、甲子園では140㌔を超えても痛打されるケースが数多く、逆に130㌔中盤でも抑える投手がいることも事実である。スピードのみを追求するのではなく、ボールの伸びとコントロールを重視した投手の育成も重要と考える(長野県選手では2015年上田西の草海君のようなタイプ)。今大会では花巻東が智弁学園に勝利した試合の投手が大いに参考となるのではないだろうか。

以前は左打者がホームプレートに近く立つケースが見受けられたが、100回大会前から右打者もラインぎりぎりに立つケースが多く見られるようになった。その対応として投手のインコースのコントロールと変化球の重要性が増し、インコースの攻防が勝負の分かれ目となる試合が多くなった。

【バッティング含め攻撃全般】
一時期、超攻撃野球やフライボール革命などの言葉が見受けられたがここ数年、強引に引っ張るバッティングが少なくなり、逆打ちやゴロを意識したチームバッティングが目を引くようになった。これは投手力が一気に向上したことによるものと考える。

バッティングについて言えば、投手のインコース攻めに対してどう対応するか、特に右打者の右ひじの抜きなどの使い方を意識したバッティングは上位進出チームに見られるようになった。

一時期の攻撃野球から投手力の向上に対応するためなのか、バントを行うケースが一時期より増えた。さらに、タイブレークが10回から導入され、よりバントの重要性が増した。甲子園上位進出校を見ると、難しい高めやの速球や低めの速い変化球に対応するバント技術を身に着けている選手が数多く見られた。

最後に―
参加校の指導者と話す中で参考となるのは、都道府県大会終了後から組み合わせまでの身体面、心理面での調整と大阪入りしてから試合までのコンディショニングの重要性である。特にホテルでの生活管理に神経を使う指導者が多いと思われる。

10年間、甲子園の業務に関わり強く感じるのは「結果を残したチームには素晴らしいキャプテンがいること」がある。甲子園で仲間が落ち着いて力を発揮できるよう、状況を的確に把握して仲間に伝え、当たり前のことができる精神状態をキャプテンが作ってやっている場面を多く目にした。そのようなキャプテンはオーダー交換時の雑談などでも、一般社会人と遜色ない受け答えができる。仲間が信頼するキャプテンをどう(人選も含め)育てるのか、監督さん、特に部長さんの関わりが夏の大会の結果、というよりチーム作りに大きく影響するものと考える。今大会では特に土浦日大のキャプテンの試合に臨む姿勢と慶応のキャプテンの落ち着いた言動には感心する場面が多かった。

変わりつつある高校野球(10回からのタイブレークの導入、飛ぶ金属バットからの変更。選手が自ら考え、主体的に野球に取り組むなど)に対応するため、野球の9ヶ条<①グラウンド状態(風、太陽の位置、フェンスの状態、グラウンド及びマウンドの状態など) ②ボールから目を離さない ③ボールカウント ④アウトカウント ⑤走者の位置 ⑥打順 ⑦イニング ⑧点差 ⑨守備隊形>などの攻撃と守備の基本的な考え方を学び、その上でセオリーなど含めた野球学のミーティングを増やし、指導者と選手がともに学び合うことがより重要となると考える。

甲子園では試合前のベンチの入れ替えからシートノックまでが忙しく、またスピーディーな試合運びやルール・マナーの徹底を求められる。普段の地方大会などでもこれらを意識して試合を行うことが重要と考える。

<参考>甲子園では3つの観点から細かい指示・留意事項がある
1)テレビ中継や新聞・ネットなどの報道もあることから「高校野球のあるべき姿・模範試合」を全国に発信するため。
2)夏の大会は全国から49チームが参加するため「参加校の公平性」を担保するため。
3)大会日程は最短でも17日間と長丁場となるため「甲子園球場の保守・管理」と「安全管理」のため。

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