マニアは加速する—あるマゾ店長の場合-[ビバノン循環湯 143] (松沢呉一) -4,682文字-
『闇の女たち』が出て半年。そろそろ次に進まねば。まだ決定はしていないながら、マゾをテーマにした本の企画を進めていて、古い原稿を読み直しています。そのため、頭の中がマゾ仕様になってきています。今回のようなエッセイをまとめるのではないのですが、自分の原稿を検索していて出てきたので、循環させておきます。10年以上前に風俗誌の連載に書いたものだと思います。
写真はすべてイメージであり、本文とは関係がありません。
あるマゾ店長の場合
SM雑誌の編集者やライターはマニアを理解することが必須条件だが、必ずしも自身がマニアである必要はない。マニアであるがために、許容範囲が狭くて、一部の人にしか受けない雑誌を作ってしまうことがよくあるものだ。もちろん、マニアである自分と、雑誌作りとを切り離せるバランスのある人ならいいとして。
風俗店でもこの法則は通用する。例えば足フェチの人が足フェチの店を出すとする。現に自分が存在するのだから、そこにマーケットがあると仮定するのは正しい。しかし、「自分は素足のマニアで、パンストは嫌い。タイツも嫌い。靴もいらない。足は足だけを純粋に愛するべきで、それ以外は足フェチではない」ということになったら、パンストマニア、タイツマニア、ソックスマニア、ヒールマニアは来ず、店はうまくいかないだろう。
自分の趣味を活かすことによって客に受ける店を作れることもあるが、自分の趣味に執着しすぎると、経営はなりたたない。
SMクラブのスタッフでも、マニアのスタッフ、そうじゃないスタッフ、どちらもいる。どちらがいいとは簡単には言えないが、客の心理を理解できない非マニアも、自分のマニア性に執着しすぎるマニアも、どっちもうまくいかない。
あまり知られていないと思うし、とくに知りたくもないだろうが、SMクラブじゃない風俗店の従業員にもMがよくいる。店の女のコたちにどやされ、時にバカにされる仕事だ。これもプレイと考えればSMクラブに行かなくても済む。なんてことを考えている従業員はほとんどいないだろうが、従業員は「耐えるのが仕事」「女子にいたぶられるのが仕事」と言ってよく、どこかにそれを快に転ずる能力がないと、続かないものだ。
そのストレスの発散のためにSやMになるという人もいそう。あるいは、そういった世界との接点が多いので、自覚しやすく、隠さないということもありそうだ。
理由はともあれ、どうも世間一般よりSM嗜好の人が多い印象が私にはある。
どMのイメクラ店長
あるイメクラの店長は「ど」のつくMだ。私が知り合った時はまだ20代だったはず。風俗業界に入る前から、さまざまなSMクラブに出入りしていて、ほとんどなんでも体験している。
「僕は複雑なんです。始まりはSだったんです。女の尻を叩くのが大好きでした。でも、19歳の時に男とつきあって、それで自分のお尻を開拓されてしまった。それからは受け身になって女性に対してもMなんです。ただ、本質的なところではSなので、奴隷になりきることで相手を支配できるという妄想をもっている。最後はたくさんの女王様たちが見ているところで、体を切り刻まれたい。そのことで、僕は女王様たちの上に君臨することができるんです」
一般には理解しにくい告白かと思う。
「男もイケるM男」は多くはないにせよ、そう珍しくはない。とにかく尻が気持ちがよくて、「女のペニスに犯されたい」というので、ペニバンを好む人もいるし、「どうせなら本物がいい」というのでニーハーフヘルスに行くのもいる。さらには、相手はごっつい男でもいいという人もいる。やられる自分に欲情しているため、相手の性別は問わず。
Sから男に向かう人は相当に珍しいかと思うが、彼はバイってことだろう。今なお相手が男であっても拒否はしない。どっちかと言えば女がいいって程度。
「最後はたくさんの女王様たちが見ているところで、体を切り刻まれたい」というファンタジーが、女王様を支配することになるというつながりも一般には理解しにくいかもしれない。
内面はSであっても、外から見た時は、彼の行為は疑いのないMである。SとMとのこのような逆転は時々見られ、私はこれを「反転S」「反転M」と呼んでいる。こういうことはしばしば起きて、「私はM」「私はS」という飲み屋の会話のように、人はきれいに区分はできないものである。
スカトロ・レイプ
SMマニアでも、スカトロはダメな人が多いのだが、彼はこれもOK。
「僕も前は苦手だったんですよ。3年前につきあっていた女性がSで、セックスはせずに、いつもプレイだけをしていたんですけど、ある時、いきなりウンコをかけられました。スカトロ・レイプです。それからはウンコも好きです」
やがて、この店長は仕事にも趣味を持ち込み始めた。もともとそんな店じゃなかったのだが、彼が店長になってからは、ソフトMコースもできた。この店は女のコの控え室と事務所スペースが一緒になっていて、ここにSM雑誌が置かれるようになり、SMの道具も転がっている。
イメクラのソフトMコースなのだから、ムチやロウソク、縄程度があればよく、ペニスバンド、スパンキングラケットまではいらないと思うのだが、マニアックな客にまで対応できるようにもしてあるのだ。
そんな客は専門のSMクラブに行くのだから、イメクラには来ないのだが、なにしろ彼が好きなんである。
彼は相当のナルシストなので、自分がいたぶられている写真も好き。そんな写真も見せてくれる。別に見たくはないのだが、これもおつきあいとして幾度か見せてもらった。そこにいるのはただのマゾであった。
(残り 2495文字/全文: 4836文字)
この記事の続きは会員限定です。入会をご検討の方は「ウェブマガジンのご案内」をクリックして内容をご確認ください。
ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。
会員の方は、ログインしてください。
外部サービスアカウントでログイン
Twitterログイン機能終了のお知らせ
Facebookログイン機能終了のお知らせ