「ネットリンチ」は和製英語に近い—リンチの歴史[11](松沢呉一)-3,961文字-
「英語のlynchingと日本語のリンチ—リンチの歴史[10]」の続きです。
英語圏では、日本語のようにはリンチは使いにくい
ナチスの副総統ではなく、アウシュヴィッツ収容所の所長だった方のルドルフ・ヘスについてWikipediaで読んでいたら、以下の文章が出てきました。
1923年5月31日夜、パルヒム(de:Parchim)でロスバッハ義勇軍のメンバーの小学校教師ヴァルター・カドウ(en:Walther Kadow)がリンチ殺害された。その容疑者として後のナチ党官房長マルティン・ボルマンらとともにヘスは逮捕された。
「リンチ殺害」とあります。英語版Wikipediaはどうなっているのかと思って確かめてみました。
On 31 May 1923, in Mecklenburg, Höss and members of the Freikorps attacked and beat to death local schoolteacher Walther Kadow on the wishes of the farm supervisor, Martin Bormann, who later became Hitler’s private secretary.
内容も少し違いますが、該当部分はattacked and beat to deathとなってます。襲撃して殴り殺したとだけ書かれていて、lynchは使用されてません。
こういう場合に英語で一切lynchが使用されないわけではないようですが、言葉に歴史的経緯や背景がこびりついているため、日本語のリンチのように広くは使われない。
しかし、マフィア・シティというネットゲームがあって、Lynchというルールがあるらしい。このゲームにおけるLynchは名詞です。参加者の投票で誰を殺すかを決定できる。このゲームのwikiに、人種差別の意味合いはないとわざわざ書かれています。
同じものだと思うのですが、日本では「マフィア・シティ-極道風雲」というアプリがあります。
なお、これもナチス関係のものを読んでいて気づいたのですが、対象がおもに黒人であるlynchと近い言葉として、ユダヤ人を対象にしてヨーロッパで使用されてきたポグロムという言葉があります。長きにわたってヨーロッパで行われてきたものです。これについてはまた別シリーズで。
ネットリンチは限りなく和製英語に近い言葉
ネットリンチはmob lynching、internet lynchingという言い方がなされていると書かれたものもあります。
FRONTROW「海外の「ネット私刑」―SNSセレブの投稿が殺害予告に発展」
ところが、“internet lynching”で検索しても、1,130件しかひっかからず、「英語圏では、「Internet Lynching(インターネット・リンチ)」や「Virtual Mobbing(バーチャル・モブ)」と呼ばれている」とするこのサイトがGoogleの検索結果のトップに来てしまいます。
対して日本語の「ネットリンチ」は18万8000件ですから、百倍以上使われています。この差がリンチの意味の差だと見ていいでしょう。
ただし、この記事も間違っているわけではない。日本語の「ネットリンチ」に該当する言葉がInternet Lynchingだとしているのではなく、「ネット死刑」がInternet Lynchingとしています(見出しでは「ネット私刑」)。「ネット死刑」「ネット私刑」という言葉はあまり使わず、それを言うなら「ネット処刑」かと思いますけど、これに該当するのがInternet Lynchingとする認識は正しい。
「処刑」は私刑だけでなく、公的なものも含みますが、「ネット処刑」にせよ、internet lynchingにせよ、殺すことを目的にしているわけではなく、死に至ったわけでもない行為に対して、誇張として使用されるネットスラングの域に留まっていそうです。
では、英語で「ネットリンチ」はなんと呼ばれているかと言うと、cyberbullying(cyber-bullyingという表記もある)です。「ネットいじめ」。こちらは828万件ひっかかります。日本語の「ネットいじめ」は37万6000件。「ネットリンチ」だと語気が強くなるためか、軽いものは含まれない印象になるためか、日本の報道では圧倒的に「ネットいじめ」です。
前々回見たように、日本語においては「リンチ」と「いじめ」は近い言葉ですが、英語のbullyingとlynchibgは相当に意味が開いている言葉で、「処刑」と「いじめ」との関係に近いのではなかろうか。
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