DISCHARGE「NEVER AGAIN」に引き継がれた作品—反ナチスのダダイスト、ジョン・ハートフィールド[中]-(松沢呉一)
「退廃芸術の頂点“ベルリン・ダダ”—反ナチスのダダイスト、ジョン・ハートフィールド[上]」の続きです。
ヘルツフェルト兄弟とヴィリ・ミュンツェンベルク
ヘルムート・ヘルツフェルトは書店員などを経て、芸術学校で学んだあと、デザイナーとして活動。1916年からジョン・ハートフィールド名義の作品を発表、同年、文学を目指す弟のヴィーラント・ヘルツフェルデ(Wieland Herzfelde/本名はHerzfeld)から声を掛けられて、ともに出版活動を開始し、翌年、マリク出版(Malik Verlag)を設立します。経営や営業はヴィーラントの担当、ジョン・ハートフィールドは制作を担当し、ジョージ・グロスもマリク出版に参画。
しかし、欧州大戦中とあって規制が厳しく、さっそく出版物は発禁となって、非合法での出版に。
大戦後の1918年、ヘルツフェルト兄弟は創立されたばかりのドイツ共産党(KPD)に入党。
翌年、ヘルツフェルト兄弟とジョージ・グロスはダダの雑誌「Die Pleite」を創刊。
マリク出版は、ヴィリ・ミュンツェンベルク(Willi Münzenberg)が経営する新ドイツ出版社(Neuen Deutschen Verlag)のグループに入ったのか、販売を依頼したのか、編集を請け負ったのか、この経緯がはっきりしないのですが、新ドイツ出版社は、1921年、月刊誌「Sowjet Russland im Bild」を創刊し、ヘルツフェルト兄弟はこれに関与。
日本ではもう少しあとのことになろうかと思いますが、写真印刷が安価にできるようになって、画報誌が流行った時代です。
ミュンツェンベルクはドイツ共産党の幹部であり、新聞社、出版社、映画会社を経営する資本家でもあって、新ドイツ出版社はドイツで二番目に大きい出版社でした。
Wikipediaにちょっと気になることが書かれてます。
彼の生活スタイルは労働者的と言えないものであった。1927年には、妻のグロスとマグヌス・ヒルシュフェルトが所有していたIn den Zelten 9aに引越した。他の共産党党員と違い、自分の事務所の為に自家用車を購入し、最終的には大型セダンのリンカーンを所有した。彼はその為、実際に一時期百万長者であったが、「赤い百万長者」と言う名をつけられた。
ミュンツェンベルクの妻バベッテ・グロスは新ドイツ出版社の社長です。彼女とヒルシュフェルトが所有していたIn den Zelten 9aというのがなんなのかさっぱりわからないのですが、豪華マンションといったところでしょうか。ヒルシュフェルトも富豪だったのか。親が医師で医学参事官という偉い人だったようなので親の遺産か。
「Sowjet Russland im Bild」はモスクワ共産党の指導のもと出されたという記述もなされていますが、ソ連に失望してイタリアに移住したマクシム・ゴーリキーも執筆していたらしいので、編集の独立性は保たれていたのかもしれない。また、アイルランドの劇作家、バーナード・ショーらも寄稿して読者を拡大。
※AIZ Vol. 12, No. 31, August 10, 1933
反ナチスのヴィジュアル雑誌「AIZ」
創刊の翌1922年に「Sowjet Russland im Bild」は「Hammer und Sichel(鎌と槌)」と改題されますが、この段階まではハートフィールドらしいフォトコラージュは掲載されていないようです(こちらに図版が出ています)、
さらに1924年、「AIZ」(Arbeiter Illustrierte Zeitung)と改題されます。ドイツでは1892年に「ベルリン絵入り新聞」(Berliner Illustrierte Zeitung)が創刊されて大いに部数を伸ばし、略称は「BIZ」。「AIZ」はこのタイトルを意識したものでしょう。
「AIZ」の表紙はハートフィールドのフォト・コラージュが飾り、中にも多数のコラージュ作品が掲載されます。おそらくこちらが忙しくなったためでしょうが、「Die Pleite」はこの年で終わっています。
1927年から隔週の刊行になり、1928年からは週刊になります。これは当然売れていたからであり、1927年には25万部、1930年には30万部、1933年には50万部に達し、ドイツでもっとも読まれる左翼系ヴィジュアル雑誌でした。
一方で、マリク出版は単行本の発刊を続けており、それらの表紙はジョン・ハートフィールドが担当し続け、デザイナーとしての人気や評価が高まって、商業デザインの依頼も殺到しますが、ハートフィールドはこれらの依頼を断っています。
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