退廃芸術の頂点“ベルリン・ダダ”—反ナチスのダダイスト、ジョン・ハートフィールド[上]-(松沢呉一)
「もしナチス政権が誕生しなければブルーノ・バルツは…—ナチスと同性愛[11](最終回)」からゆるくつながっています。
それでもブルーノ・バルツは幸運だったと言うしかない悲しみ
ブルーノ・バルツの人生を見ると、怒りと悲しみがフツフツと湧いてきます。今さら怒ったり、悲しんだりしてもどうしようもないとわかってはいても。
この怒りはもちろんナチスに対するものですけど、密告するような人たちにも向きます。戦争になってからは国民の大半がそういう人たちです(その怖さについては間もなくやります)。
ブルーノ・バルツの場合、ゲッペルスから詞の提供を強要されたことによって、戦後裁判にかけられたこともまた理不尽です。その嫌疑は晴れたとは言え、ナチスが重罰化した刑法175条が戦後四半世紀近くも残ったことによって、引続き妻から脅され続け、行動を制限されてしまったこともあまりに理不尽。
ナチスの時代が終わっても、同性愛者は断罪していいのだという道徳を反省することはなかったわけです。日本でも女たちが自身の意志で自身の体をどうするのか決定することを許さない道徳を維持したのと通じます。しかも、こちらは今なお糞のつくフェミニストやキリスト教団体が懸命に維持しているのですから、なおのこと呆れます。
作曲家であればまだしも国外での活動はできたかもしれないですが、いかに名声と評価を得ていても、作詞家であるブルーノ・バルツは国外に逃げることも容易ではなかったろうと思います。英語や仏語に堪能であればともかく、ドイツ語が通じない場所での活動は困難です。ドイツ語が公用語である隣のオーストリアに逃げても、アンシュルスによってナチスが追ってくる。
とくにブルーノ・バルツの場合はすでに同性愛者として逮捕されていますから、国外に逃げても、そのことが彼を圧迫したでしょう。ドイツ同様に同性愛を禁止し、処罰していた国が多いですから、その過去がバレたら、あるいはその国での行動がバレたらと思うと、どこにだって居場所はない。
それがなかったとしても、亡命は容易ではなく、ポムゼルの言う「ナチス体制からは逃げられない」は相当まで正しい。
※Wikipediaより、ベルリン・ダダを代表する作品にして、ほとんど唯一現存する作品でもあるラウル・ハウスマン「機械的な頭部(Mechanischer Kopf )」(1919)。ハウスマンについては以下参照
逃げることも容易ではない
国際的評価・名声を得ていれば別として、国内でいかに評価されていても、そのまま別の国で通用するわけではないので、作曲家だって亡命するのはためらったでしょう。
共産党員だったり、それまで公然とナチス批判をしていた人たちの場合は、同性愛者以上にナチスの追及は苛酷でしたから、先々のことを考える暇もなく逃げるしかなかったでしょうけど、ジャーナリストや編集者、教員といった職業の人たちは、亡命する前に、その地の言葉を覚えると同時に、言葉ができなくてもやっていける職人の技術を身につけたりしたらしい。今までやってきたことが一切役に立たなくなることを想定するしかない。
実際、亡命したはいいものの、そこもまたナチスに支配されて捕まる。アムステルダムに逃げたアンネ・フランクの一家もそうでした。じゃあ、フランスまで逃げればよかったのかと言えば、フランスを含めて多くの国はユダヤ人の受け入れを拒否していたわけですし、共産党員は英米でも入国を拒否されたりしています。
うまく国境を超えられても、パリもやがてはナチスの支配下になりますから、難民化した人たちはスペインまで逃げたり、フランス南部に逃げたり、パリでパルチザンになったり。
捕まらなくても、その先で戦中に亡くなっている人たちは少なくありません。病死の人たちも、不可抗力の死ではなく、食べものも確保できずに病気になった人、病院に行けなかった人もいましょうし、自殺した人もいます。
それに対して、ブルーノ・バルツは、国に留まったことによって辛苦の道を歩んだとは言え、戦後も作詞活動ができ、80代半ばまで生きられたのですから、まだマシと言うしかないのがまた悲しい。
※George Grosz「Tell us what you think」(1938)。ジョージ・グロスについては以下参照
ベルリン・ダダの総決算「国際ダダ見本市」
ヴァイマル共和国時代、ドイツ、とくにベルリンでは、さまざまな文化が花開きます。そのひとつがベルリン・ダダです。
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