松沢呉一のビバノン・ライフ

ナチス式敬礼はムッソリーニが先?—ナチスはどこから何をパクったのか[1]-(松沢呉一)

このシリーズは、ナチスが売りにしていた言葉、様式、記号、思想の類いをどこからパクってきたものかをわかったところから書き足していこうと思っていたものです。未完でありますが、ナチスとオカルティズムの面倒くさい関係についてはまあまあきれいにまとまっているのではないかと思うので、出しておきます。

 

 

 

ヒトラーが先か、ムッソリーニが先か

 

vivanon_sentenceナチスのハーケンクロイツはどこからパクってきたものなのか、ずっと気にしていたのですが、ナチス以前から使用していた団体がいくつもあって、それを手繰っていくとどうやってもオカルティズムに行きつきます。

「オカルティズムとナチス」というテーマは面白いのですが、複雑で面倒なので触れたくない。しかし、触れないでは済みそうにない。やっておきますか。

以下、ハーケンクロイツ以外のこともちりばめて、ナチスの元ネタを見ていきます。

ナチスのほとんどすべてはそれ以前に広く存在していたものに過ぎず、それらを統合したものさえもそれ以前から存在していたと見た方がよさそうです。AもBも前からあって、合体型のABも前からあって、せいぜいナチスは鮮やかにそれらを自分らのものとしてアピールするのがうまかっただけではなかろうか。パクリ上手。

たとえばナチス式敬礼は、先にムッソリーニがやっていたとどこかの本に出ていて、検索してみたら、たしかにやってました(どちらが先かまでは確認していないですが)。

これ自体、古くからあるものであって、ムッソリーニがオリジナルを主張するようなものではないのですが、これを徹底して国民にまで強いたのがナチスであり、それによってナチスの専売特許かのようになってしまいます。そういうところがうまくて姑息です。

 

 

フェルキッシュの潮流とナチス

 

vivanon_sentence反ユダヤについては、「ポグロム」で説明したように、ヨーロッパには脈々とあったものですけど、それとゲルマン民族主義と国家主義とを合体させたものはすでに帝政時代に完成していました。フェルキッシュ(völkisch/öなので、フォルキッシュとしているものもある。どっちでも可)と呼ばれる潮流です。この言葉は訳すと「民族的」「民族主義的」ということになるのですが、ドイツ独自の優越思想、選民思想に裏づけられた言葉らしい。

ナチスはこの用語を積極的に採用していて、ナチスの中央機関紙のタイトルは「フェルキッシャー・ベオバハター」です。「民族的観察者」といった意味です。

Wikipediaによると、戦後は死語となっていたこの言葉が昨今ドイツでは排外主義と連携する形で復活しつつあります。

ネオナチと言うとナチスの真似をしているだけのようですが、もともとあったフェルキッシュに乗ったのがナチスであり、すべては同じ流れにあるのだと見た方が理解できる点があります。ナチスがなぜああも支持されたのかと言えば、ナチスを受け入れる素地が広範にすでにあったからです。そこに第一次世界大戦の敗北、帝政の崩壊、ヴェルサイユ条約の重圧、ヴァイマル共和国の失政、失業率の増加、過度のインフレ、共産主義の脅威という条件が重なって、ドイツ国民の奥底にあったものが浮上したと考えると、条件が揃った時に、フェルキッシュがいつ復活するかもわからない。

帝政時代にフェルキッシュと弱肉強食を科学の装いで肯定する社会ダーウィニズムも合体していましたし、近代的反ユダヤ主義である反セム主義(antisemitism)への発展も遂げてました。フランスのジョゼフ・アルテュール・ド・ゴビノーを筆頭とした、混血否定に基づくアーリア人優越思想がヨーロッパでは流行り、ドイツではヴィルヘルム・マルらがユダヤ人劣等をそこに対比させます。これももともとヨーロッパにずっとあった反ユダヤ主義の流れです。

この辺も読んでおこうと思ったのですが、どのみちアジア民族は劣等であり、そんなもんは日本では受けなかったためか、翻訳されなかったようです。それらを日本人が軽く概説したものは出ていて、国会図書館で読めます。

 

 

ドイツ国家社会主義労働者党(DNSAP)と国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)

 

vivanon_sentenceナチスの党名についてはオーストリアとチェコで活動していたドイツ国家社会主義労働者党(Deutsche Nationalsozialistische Arbeiterpartei/DNSAP)からパクって、ドイツ労働者党を国家社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei/NSDAP)にしたことは間違いなさそう(デンマークのナチスであるDänische Nationalsozialistische Arbeiterparteiも略称がDNSAPなので紛らわしいですが、これは1930年結成なので、ずっとあと)

 

 

next_vivanon

(残り 1500文字/全文: 3538文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ