レッド・ツェッベリンの「聖なる館」がポルノに見える変質者たちとそれに屈服するFacebook—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[4]-(松沢呉一)
「アート表現も抗議方法も報道も奪う日本の公然わいせつ罪—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[3]」の続きです。
レッド・ツェッベリンの「聖なる館」までが児童ボルノ?
ふだん「ビバノンライフ」は圧倒的にFacebook経由のアクセスが多いのですが、このシリーズではTwitter経由が圧倒的に強い。8割くらいがTwitter経由です。たまたまTwitterでプッシュしてくれた人がいると、こういう逆転が起きるのですが、このシリーズでは一貫してTwitter上位ですから、なにかしらの理由があるはずです。
こういうことが起きるのは、エロ関係です。Facebookは実名のため、エロに反応することをためらう人たちがいるのです。ここで「いいね!」をすると、家族や職場の人にエロ好きだとバレることを恐れる。Facebookは上品なのです。
しかし、刑法174条と175条の問題は、一個人がエロが好きか否かみたいな話ではありません。前回見たように、ポルノだけじゃなく、アートも学術も抗議行動も報道も制限されますし、ここに疑問を抱かない人々はこれを内面化してしまう。Facebookで「いいね!」をクリックしにくいのと同じく、上品メディアの人々は報道することを無意識に避けてしまうのです。由々しき問題でしょ。
さらには猥褻ではありえないものまでが消され、萎縮によって自ら自粛してしまう。
表現規制の怖さはFacebookがよーく見せてくれます。
2019年6月26日付「ローリングストーン」誌より
たしかにこれは写真をコラージュしたのでしょうけど、一体誰がこのジャケットをポルノとして受けとり、性的に興奮したんですかね。
スコーピオンズの場合
レコードジャケットが児童ポルノとして問題になったケースはスコーピオンズの「ヴァージン・キラー」が知られます。
児童ポルノではなく、ただの猥褻という文脈で、発売当時からあのジャケットは問題になっていました。歌詞やジャケットに目くじら立てるキリスト教団体や教育団体があって、そういうところからのクレームで店頭での販売ができなかったり、国によってはジャケットを差し替えたと記憶します。私が高校の時のことです。
プログレ・ファンだった私ですが、ジャーマン・ロックなので、スコーピオンズはわりと好きで、この次のアルバム「Taken By Force」は買いました。
こちらはテロを連想させるということでジャケットが問題になっていて、これまた国によってはジャケットを差し替えられたはず。ミュンヘン・オリンピックのテロ事件などが頻発していた時代ではありますが、それを連想させたとして何がいけないのかって話です。たしか十字架の間での銃撃ってことで、キリスト教団体が宗教的冒涜としてとらえたって話だったんじゃなかろうか。
対して「ヴァージン・キラー」のジャケットは顔も出ていて、股間に目が行くデザインになっていて、なおかつ「ヴァージン・キラー」ですから、猥褻認定される余地があるのはまだわかります。
それから半世紀近く経って、撤回したとは言え、レッド・ツェッペリンの「聖なる館」までFacebookは児童ポルノ認定。なんてこったい。
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