「チフスのメアリー」で考える感染症対策の迷い—新型肺炎(COVID-19)について触れにくい事情[2]-(松沢呉一)
「キャバクラやヘルスは危険なのか?—新型肺炎(COVID-19)について触れにくい事情[1]」の続きです。
無思慮なまま発言するとバイアスがかかりやすい
わかっていないことに対して発言をすると、政治的バイアスが反映されます。
実際にそういう人がいるのかどうか確認していないですが、自分の楽しみにしていたイベントが中止になると、「過剰反応だ」と批判する一方で、「オリンピックは中止にしろ」と言っているような人たちもいそうです。「どっちだよ」って話です。
私は中国共産党を信用してないですから、当初はその隠蔽体質に対して「中国共産党は人民の命を後回しかよ」と呆れましたし、腹も立ちました。そのことが初動の立ち後れになった可能性については報じられている通りです。
しかし、独裁国家らしくトップが「やれ」と号令を出せば一気に強権的な対策をとります。こうなったらこうなったで、「中国共産党は人権無視の対策かよ」と言いたくなります。
「対策をとるのがいいのか、とらないのがいいのか、どっちだよ。結局、中国政府に文句を言いたいだけだろ」と自分にツッコミたくもなります。
そのバイアスを外して数字を見ると、湖北省以外の感染者数は減少傾向に転じていて、封じ込めは一定効果を上げているように見えます。「中国国家衛生健康委員会公表の数字が正しければ」の条件つきであり、実際問題、どこまで信じていいのかわからんですけど、感染拡大を防ぐ一点において、やっていることは正しいのではないか(昨日2月20日に数字が激減しましたが、これは数字の基準を切り替えたためで、2月13日と今回とたびたび基準の切り替えをやっているので数字をどう見ていいのかさっぱりわからなくなっている)。
その一方で、許志永ら民主活動家が拘束されています。感染拡大を防ぐ一点において正しいかもしれない中国は、同時にここに来て吹き出している反対勢力の封じ込めにも熱心です。新型肺炎を口実にして、弾圧を加速させてくる可能性も十分ありそうです。
香港の民主化勢力が新型肺炎についても中国政府を批判し続けているのは、政治的バイアスが入っていると見ることもできるし、中国政府の危険性を熟知しているからとも言えます。むしろ政治的バイアスを維持することは必要なのではないかとも思えて、判断がつかなくなります。
※2020年2月18日付「NEWSWEEK」より
チフスのメアリーって誰?
日本国内でも同じで、こういう時は必ず挙国一致体制を求める掛け声が始まり、感染拡大を防ぐ一点が最優先されて、あとはないがしろにされる。
迷いが感染症対策にはつねにまとわりつくのは必然であって、迷わずに感染拡大を防ぐ一点を優先する考え方は危険です。迷い続けるのは間違っていないのです。
この迷いは100年以上前から続いています。「チフスのメアリー(Typhoid Mary)」こと、メアリー・マローン(Mary Mallon)のケースがいいサンプルになります。
以下はWikipediaのメアリー・マローンの項目を参照しました。
メアリー・マローンは、1900年代初頭、ニューヨーク周辺で発生した腸チフスの感染源となりながら、存在を知られていなかった無症候性キャリア(発症しない保菌者)だったために見逃され、住み込みの料理人として働き続けました。その結果、彼女の雇い人を含めて周辺で22名が感染し、1名は死亡。
この原因究明に当たった衛生士は彼女が感染源になっていると目星をつけて、強制的な検査の結果、便からチフス菌が発見され、彼女は世界で初めて腸チフスの無症候性キャリアと認定されて隔離されます。
正確なことはわからないのですが、腸チフスは治癒することで、菌が消えるようです。しかし、彼女は胆嚢にのみチフス菌が感染する特殊なケースで、そのまま菌が残り続けたのだと思われます。現在、腸チフスには抗菌薬を使用しますが、おそらくこの時代はまだ適切な薬はなく、胆嚢の菌を殺すことはできなかったのでしょう。
そのため、隔離が続き、彼女はアイルランドからの移民だったため、移民に対する差別だとして、2年間の隔離ののちに訴訟を起して敗訴します。
(残り 2042文字/全文: 3795文字)
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