英国が重水工場破壊工作に熱意を傾けた理由—ノルスク・ハイドロ重水工場爆破計画[下]-(松沢呉一)
「ガンナーサイド作戦を成功させたノルウェー人たち—ノルスク・ハイドロ重水工場爆破計画[中]」の続きです。
英独に重なる英米の対立
ここまで説明してきたように、英軍が闘っていたのはfいわばドイツの虚像だったため、『ナチ原爆破壊工作』ではナチスはあまりリアルには登場してきません。本書においても英軍の一人相撲であることがよく伝わります。
それよりもリアルなバトルがいくつか描かれています。ひとつは英米の対立です。
対ナチスとのバトルは「見えない敵」「仮想の敵」が相手でしたが、英米は見える「敵」とのバトルです。核兵器の開発は米国が担当することになり、英国はその協力をするのですが、米国は情報を独占して、英国にも明かさない。対する英国は重水工場破壊工作についての細かな情報は秘匿して、米国にも教えない。
こういう状態であったことを知って、重水工場破壊工作に英国がこだわった理由がわかりました。米軍に対するメンツであり、英国の存在アピールです。本書でそう書いているのではないですが、そうとしか考えられない。
米国に存在を無視された英国としてはいかに英国がナチスの原爆製造を阻止しているのかを米国に向けて、あるいはそれ以外の国に向けてアピールしたかったのでありましょう。
それはいいとしても、結局のところ、計画を実行したのはノルウェー人たちでした。ドイツ兵に見つかった時に英国人だと疑われます。なによりノルウェー人たちは地理をわかっていて、スキーで移動できる人たちです(スキーが得意ではないノルウェー人も登場しますが)。
という事情があったのですが、英国のメンツのためにノルウェー人たちは利用されたとも言えます。戦後のノルウェーにとっては、ナチスと果敢に闘い、一泡吹かせた重要な歴史として重水工場爆破は位置づけられていますし、この破壊工作を肯定的に扱った本書としても、過小評価するようなことは書きにくかったでしょうが、私はそのように読みました。
※『ナチ原爆破壊工作』の原著『Blood and Water: Sabotaging Hitler’s Bomb』
ナチスとドイツ国軍との対立
本書では敵たるドイツはなかなかリアルには姿を見せないのですが、もっとも詳細に描かれているドイツは、ドイツ国軍とナチスとの対立という構図のもとでした。
フレッシュマン作戦で、2機のグライダーが墜落し、即死の者たちを除いた14名が捕虜になり、1日で処刑されています。これはヒトラーが国際法に反して、「捕虜は24時間以内に処刑せよ」との命令を出していたためです。
軍人たちとしては、反抗するわけでも、脱走を企てたわけでもない捕虜を処刑することは受け入れがたく、抵抗をする者たちや処刑の任務を拒否する者たちが続出します。
結局はゲシュタポの命令には逆らえず、処刑が行われているのですが、重症者を処刑することへの抵抗がもっとも強く、これに対してはモルヒネを大量投与することで妥協を図っています。処刑に反対する者たちにとっては苦痛を和らげるという名目が立ち、早く処刑して命令に従いたい者たちはモルヒネの大量投与で薬殺することができます。
こういうところからも、軍はヒトラーに対する敵愾心を溜め込んでいったのでしょう。
※Wikipediaより、映画「Kampen om tungtvannet」公開時に、国王ホーコン7世と握手をするガンナーサイド作戦の戦士たち
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