松沢呉一のビバノン・ライフ

ロシアに降伏したら数百万人のウクライナ人がホロドモールで殺された—ステパーン・バンデーラからアゾフ連隊へ[2]-(松沢呉一)

ウクライナ・ナショナリズム一世紀の潮流—ステパーン・バンデーラからアゾフ連隊へ[1]」の続きです。

 

 

ウクライナ民族主義者組織が結成される

 

vivanon_sentence1920年、当時ポーランド領だった東ガリツィア、現在の西ウクライナ で、イェヴヘン・コノヴァレッツによって、ウクライナ軍事組織(UVO)の活動が開始されます。独立武装闘争の始まりであり、この団体は今現在のウクライナ・ナショナリズムとつながってます。百年の歴史。

ポーランド領であったことには意味があり、ソビエト支配下と違って、ウクライナ人の自治が認められていて、リヴィウ大学ではウクライナ語によってウクライナの歴史を学ぶことができました。ソビエト領ではそれさえもできなかったのです。

場所の関係から、彼らは強盗や暗殺などの活動をおもにポーランドに対して仕掛け、1929年まで活動。同年、UVOを筆頭とした複数のナショナリズム・グループが、ウクライナ民族主義者組織(OUN)に統合されます。

イタリアでは国家ファシスト党、ドイツではナチ党が台頭してきた時代に合わせたファシズム色の強い組織でした。思想的には国家ファシスト党に近いとのこと。ナチ党のような社会ダーウィズムに基づく民族主義が強くなかったのでしょうが、UVOもソビエトを敵視して、ソビエトに対するテロをも肯定し、この点においてはナチスと重なります

ステパーン・バンデーラはここに参加して頭角を現していきます。

Wikipediaよりステパーン・バンデーラ

 

 

戦争に負けたウクライナを待っていたのは数百万人の虐殺

 

vivanon_sentenceもう3年も前になりますが、「事実を知り、考えるために—ポグロムから学んだこと[10]」にホロドモールについて書きました。ホロドモールの事実を知れば、また、現在ロシアがウクライナでやっていることを見れば、ソビエト=ロシアは一貫してウクライナを属国としてとらえていることがよくわかります。

直接には私は読んでないですが、2月24日にロシアがウクライナに侵攻して間もない時期に、日本では「降伏すれば死ななくて済む」と言った人たちがいたようです。歴史を無視しすぎです。戦争に負けたウクライナがソビエトに何をされたのか。

ウクライナ・ソビエト戦争で負けたウクライナはソビエトの一部となり、スターリン政権下で引き起こされたのがホロドモールです(1932年〜)。

農作物や家畜などをソビエトが徴収していき、それを輸出品とすることで外貨を得た結果、ウクライナの農民たちは飢餓状態になって数百万人のウクライナ人が餓死しました。

ソビエト時代にはこれについて触れることは禁止されていましたが、1980年代以降、徐々に明らかにされていきます。今なお調査・研究が続いているところで、時間が経ちすぎて、正確な餓死者数はわかりようがないのですが、この人為的に作られた飢餓はソビエト支配下のさまざまな国で起こされ、もっともひどかったのがウクライナでした。

スターリンの思惑としては、ウクライナの豊穣な土地が欲しい。そこから収穫される農作物も欲しい。しかし、ウクライナ人はいらないってことです。単に収穫物や金が欲しかっただけでなく、ウクライナという国家そのものを解体する意図があったようです。

今もロシアの言いなりになれば、殺されます。そのことは今回の戦争で、ロシアはロシア兵をもゴミクズのように扱っていることを見れば一目瞭然です。ましてウクライナ人の命にプーチンはなんの意味も見いだすまい。ウクライナの人々が妥協なく闘う理由のひとつは、ホロドモールの記憶でしょう。

※2020年10月23日付「Ukraїner」 このサイトにホロドモールに関する記事が多数出ています。ここに出したのは「ホロドモールが現在のウクライナにどう影響しているのか」を論じた長文です。国家に、社会に、個人に多大なトラウマを残していて、その一例として、ウクライナの農民は腐らせてもじゃがいもを大量に備蓄することが挙げられています。飢餓の恐怖のためです。ロシアがウクライナにちょっかいを出すと、ウクライナ人のトラウマが刺激されて、ナショナリズムが胎動し始めます。

 

 

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