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【WBC】「監督とは“人生かし”」――選手の個性を信じ、ともに物語を紡ぎ上げる栗山英樹監督の哲学

春の日差しが差し込んでくる一室で、栗山英樹監督が持論を展開した。

 「一番その選手らしい、この選手じゃなきゃダメだというのを引き出していきたいと思っているだけなんですよね」

 2017年、沖縄県名護市で行われていた日本ハムの春季キャンプ。日本シリーズを制覇した翌年のことだった。栗山監督に采配哲学を問うたところ、そんな言葉が返ってきた。

その栗山監督が、第5回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で侍ジャパンを率いる。21年限りで、10年間指揮を執ったファイターズの監督を退任。昨年、侍ジャパンの監督に就任した。

改めてファイターズ時代を振り返ると、栗山監督は従来の「監督像」を変えた指揮官だった、と言えるのではないだろうか。

ベンチで「監督然」として構えることもなければ、練習中に大きな声を張り上げてノッカーを務めることもない。口から出てくるのは運命論や人生についての話ばかりで、監督というよりは「先生」と呼んだ方がしっくりくる。

 大谷翔平の二刀流に象徴されるような突拍子もない采配は、時に批判を浴びることもあったが、栗山監督には常に確固たる信念があった。

 その信念とは、「その策が選手のためになるのか」というものだ。

 「よく言う話なのですが、困った時には勝ちたいし、何とかしたいという気持ちはあるけど、僕には『選手のために』という想いがある。選手のためになれば、チームのためになると本当に思っているので、『(この采配は)選手のためになるんですか』、『選手のためにならないんですか』というのを自分に問いかけて、その結果、選手のためになると判断できたら、どんな無茶苦茶なことであっても実行します」

 采配の先にあるゴール地点は勝利だ。そのために、選手が最も力を発揮しやすい場所を用意する。それが「選手のためになる」の本当の意味だ。
栗山監督はこうも言っている。

 「選手にはこの数字を出してくださいというのは思っていなくて、チームが優勝するために、例えば投手にコントロールのいい選手が必要、球威がある投手が必要など、いろいろありますよね。その中で『あなたはどの部分でうちの勝利に貢献するつもりですか』というのを選手に求めているんです。送りバントが苦手な打者は野球選手としてはそれができるようにならないといけないですが、組織としては、それができる選手を作って起用すればいい。持ち味がどれであるかを明確にしてあげることが、選手の将来にもつながっていくわけですから」

勝つことを義務付けられた指揮官は、どうしても自分の思うような勝ち方、得点パターンを作りがちだ。ところが、栗山監督はチームに合った勝ち方、「らしさ」を追求して勝利を目指していくスタイルを貫いている。

 一方、しばしば日本球界の常識を覆すような用兵を繰り出すのも栗山監督の特徴かもしれない。

 「1番投手・大谷」はもちろん、クローザーだった増井浩俊をシーズン途中から先発に転向させたこともあった。
「みんながいう野球のセオリーってなんなの? って思います。例えば、100年後のプロ野球って、考えても想像できないかもしれないけど、もしかしたら今は考えられないことがその頃には当たり前になっているかもしれないわけじゃないですか。だから、僕の采配が『セオリーを度外視している』って言われても、その質問すら愚問にも思えてくるんだよね」

突飛なアイデアを実行するだけでなく、データを基にして思いきった手を打つこともあった。日本ハム監督時代の晩年に見せた、強打者を相手にした時の外野4人シフトは、MLBのトレンドを取り入れた采配だった。

感覚や経験論だけでなく、データの力も借りながら、ことごとく「常識」を破ってきたのが栗山監督だった。

今回も、史上初めて日本国籍ではない選手(ラーズ・ヌートバー)を侍ジャパンに招集した。この選出には一部で批判もあるが、侍ジャパンが新しい時代を迎えたことの象徴になることは間違いない。

その他のメンバー選出にも、随所に栗山監督「らしさ」が垣間見える。「ストーリー」を持った選手への期待感がにじみ出ているように思えるのだ。

 昨季、育成選手からシンデレラのように現れた宇田川優希(オリックス)、高校時代はベンチメンバー外で、独立リーグからプロ入りして這い上がってきた湯浅京己(阪神)。コロナ禍で甲子園出場が絶たれた世代の代表として高橋宏斗(中日)が選出されていることも見逃せない。

 ダルビッシュ有(パドレス)や山本由伸(オリックスからポスティング)、佐々木朗希(ロッテ)、村上宗隆(ヤクルト)といった新旧のスター選手に加えて、「何かを持った」選手の集まりに至った背景には試合に勝つだけではない、栗山監督らしさが垣間見える。

かつて、大谷の二刀流について語った時の言葉が象徴的だ。

 「翔平に結果が出てきて、僕は二刀流に関してこれで良かったのかなと思うことは日々あるんですけど、本当に良かったかどうかは翔平が引退する時にしか分からない気がするんですね。ただ、間違いないのは今の『大谷翔平を見てみたい』と思えるのは、二刀流であることが大きな理由であると僕は思うんです。漫画みたいな選手、『ドカベン』に出てくるような選手を作りたかった」

選手の個性を信じ、人柄やたどってきた道のりも捉えながらともに物語を作り上げる。それが栗山監督の最大の特徴と言っていいだろう。

 「選手の“らしさ”というのは、身体的な能力だったり、技術的な能力だったりもありますけど、ベースにあるのは人間だと思うんです。つまり、人なんです。人間力です。その人そのものを生かしてあげるというベースがあれば、何かが生まれると思っている。監督とは“人生かし”だと思っています」

ベンチにふんぞり返って怒鳴り散らすのではなく、生徒たちを温かく見守る「先生」のように選手を生かす。そうして、栗山英樹監督は侍ジャパンを世界の頂点に導くのだろう。(2023年 227日 digest Web)

 〜編集後記〜

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