多賀監督ありがとう!約7年間取材した思い出を語ります
3月10日に近江高校・多賀章仁監督の勇退会見を取材してきました。多賀監督は1989年に近江の監督に就任。2001年夏と22年春の準優勝をはじめ、甲子園通算28勝を挙げた滋賀県の高校野球を代表する名将です。65歳の多賀監督は3月末で監督を勇退され、4月からは総監督になります。後任には01年夏の甲子園準優勝時の主将である小森博之コーチが監督に就任されます。
会見の内容は各メディアで報じられているので、ここでは多賀監督との思い出話を語っていこうと思います。
私が近江高校と多賀監督を始めて認知したのは2000年夏、小学1年生の時でした。父はかつて高校野球の監督をしており、この年の夏はいつも1、2回戦で敗退していたチームが滋賀大会準決勝まで勝ち進みました。
子ども心ながらに甲子園出場も少し期待していましたが、その夢を打ち砕いたのが近江でした。そして、翌夏には甲子園準優勝。それ以来、近江高校と多賀監督は滋賀県の顔として認識していました。
この仕事を始める前まで、多賀監督は「テレビの向こう側の人」という認識でしたが、スポーツライターになり、2017年12月に「輝け甲子園の星」が復刊するタイミングで初めて多賀監督を取材する機会に恵まれました。
それ以来、多賀監督には頻繁にお世話になり、2018年以降のご活躍はここで語るまでもないでしょう。そのおかげでたくさんの経験をさせてもらい、ライターとして大きく成長させて頂きました。
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