日テレの内定取消の背景にある語られない差別意識 ・・・そして売春差別と従軍慰安婦問題 – 松沢呉一 -3,812文字-
日本テレビと内定取り消し大学生との和解成立
和解成立。
内定取り消し和解、原告女子大生が日テレ入社へ
2015年01月09日 10時44分東京・銀座のクラブでのアルバイト歴を理由に日本テレビからアナウンサー職の採用内定を取り消されたとして、大学4年の笹崎里菜さん(22)が同社に地位の確認を求めた訴訟が8日、東京地裁で和解した。
原告、被告側双方の説明によると、同社が笹崎さんを内定者の地位に戻すことで合意した。笹崎さんは今年4月から同社に入社する。
日テレ上層部は一安心じゃないでしょうか。このまま判決にまで至っても、日テレが勝つ見込みは少なく、うまいこと勝てる道筋を立てられたところで、日テレのイメージダウンは避けられない。
内定の取り消しに合理性があるとするためには「テレビ局にとって、女子アナは話の技術だけじゃなく、処女性が求められ、汚れた水商売の経歴は適格性に欠く」とぶっちゃけてしまうしかない。現実にそういうことなのでしょうけど、テレビ局がこんな主張をしたらおしまいよ。
お茶の間の人たちは「知っているけど、公共性の強いテレビ局が言っていいことと悪いことがある」と批判する。社内の女子アナも「知ってるけど、そうはっきり言われたら立つ瀬がない」と反発する。スポンサー各社も「知っているけど、公言したらスポンサーになりにくい」って話になろうかと思います。
「この裁判による日テレの損失は30億円相当(電通調べ)」みたいなことになるのは必至です。
しかしですね、もし彼女がバイトをした店がスナックで、風営法なんて読んだことのない彼女は、うっかり客がカラオケを歌っている時にタンバリンでリズムをとってしまい、接待をしたとして逮捕されていたらアウトでした。前科はもちろん、逮捕歴は、公器たるテレビ局の社員としては正当な取消事由になろうかと思います。私は「くだらん」と思うのですけどね。
その前に、違法性の疑いのある店で働いたこと自体で内定取り消しは正当ということになるかもしれない。銀座のクラブはいいとして、無許可のガールズバーでバイトしたらアウトかも。ゴールデン街でバイトしてもアウトかも。バイトをする以上、それが違法か合法か、許可を得ているのか否かくらい聞くのが当たり前というのが警察の考えですから。
やっぱりおかしくないか? 飲み屋でバイトして客と話し込んでしまって前科がつき、就職もできなくなるっておかしいし、深夜酒類提供営業の店で働いただけで就職できないっておかしいです。
「ガールズバー考 ・・・女性従業員が風営法違反で逮捕される時代に」はそういう内容だったわけですけど、おそらくこれを「おかしい」と感じる人は少ない。興味がある人さえ少ない。一部の変わり者だけが「おかしい」と言い続けるのみ。
売春を犯罪にしておいたまま大橋仁を叩く論理はあるのか?
結局、この社会のホンネは日テレ側に足場があるのです。飲み屋で働いて、客と話し込んだら逮捕され、前科がついていいと大半の人が思っています。はっきりそう思っていなくても、曖昧にはそう思っている。日テレの人事はそのスタンスを正直にやってしまったのが間違いでした。こっそりやるものです。
これが現実ですわね。内定取り消しに対して「女性差別だ」という批判するのは容易だし、「職業差別だ」と批判するのも容易です。しかし、そう批判する人たちの中に「ガールズバーみたいないかがわしい業種が摘発されるのは当然」という差別意識があることを自覚することは難しそうです。そんなことが進行していることに関心を抱けないくらいに差別意識が内面化しているのです。
そんな社会では、まして売春をするような女は弾かれるのは当然であり、「そんな女たちは無許可で撮っていい」と考える写真家たちが出てきてしまう。というのがここまで書いてきたことです。
もちろん、大橋仁や日テレのように、飛び出した部分を叩いていくことにも意味があるんですけど、その背景や構造を見据えて、自分の問題として捉えないと解決しない。気づいたら、自分で飛び出して叩かれることにもなります。
この社会はいまだに売防法を維持しています。そうである限り、売春をする女たちは犯罪者です。売防法では、売春自体では処罰されませんが、「おにいさん、ちょっと遊ばない?」と街で声をかければ勧誘容疑で逮捕されます。逮捕されれば、名前や写真が出されるかもしれない。大橋仁がやったことと、警察とメディアがやっていることってそんなに大きく違いますかね。
顔を晒すことの根拠を違法性に求めるのだとすると、タイでも売春は違法です。日本と同様処罰規定がないだけ。売春が合法である米国ネヴァダ州、ドイツ、オランダ、スイス、カナダ、オーストラリアで無断で写真を撮ったら人権侵害になり、日本やタイでは無断で写真を撮ってもいいことになります。
「売買春は法律で禁じられていい」と主張しながら、大橋仁を批判する立場もあるのでしょうけど、その論理が私にはよくわからんです。
「タイで売春をしている女たちは望んでやっているのではないのだから、それが非合法であっても人権に配慮すべき」という意見もあろうかと思いますが、自分の意思で望んでやっているのであれば配慮は必要がないのか? また、自分の意思か否かをどう確認できるのでしょうか。
大橋仁を叩くだけじゃなく、このあたりをちゃんと各自が突き詰めるべきだと思います。
何もかもをクリアにしなきゃいけないとは思っていないですけど、曖昧にしてきたことの歪があちこちに出てきていて、曖昧にしてきた領域にズカズカと警察が踏み込んできているのですから、今までのように適当にやっているわけにはいかんです。
朴裕河「慰安婦問題の解決のため、売春差別の自覚を」
売春を違法にしている売防法はどういう法律で、海外ではどうしているのか。自分に都合よく捏造した海外ではなく。そういったことを個々人が調べ、理解し、自分の意見を突き詰めていかないと、これまでと同じです。
知っておかなければならないこと、考えなければならないことはいっぱいあるのですから、適当な理解で「いいね!」をつけているだけじゃ、何も変わらんて。
こういう問題を曖昧にしてきたからこそ、慰安婦問題はここまで解決しなかったのです。と私が言っても説得力がないですから、以下をお読みください。朴裕河著『帝国の慰安婦』を読んでからにしてようと思っていたのですが、我慢できんです。
慰安婦問題に取り組む人々の中に売春差別があるとの指摘は、「赤線の女たちを恐ろしい闇路へけおとしたのは誰か」で 取り上げた雜誌「女・エロス」の中にも見ることができます。70年代から指摘されていたのに、自覚できないまま、「売春のような卑しいことを望んで女たち がやるすはずがない。強制されたのだ」という一面的な見方を慰安婦総体に投影してきた人々が確実にいます。朴教授の表現する「連行された無垢な少女」とい う見方をする人々です。
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