松沢呉一のビバノン・ライフ

呉覚農は山田わかを「退行した良妻賢母主義」と評価—女言葉の一世紀 124-(松沢呉一) -3,342文字-

山田わかと平塚らいてうのエレン・ケイ評の決定的違い—女言葉の一世紀 122」の続きです。

 

 

 

 

呉覚農による浜田栄子の評価

 

vivanon_sentence浜田栄子について検索していて見つけた前山加奈子「Y.D.とは誰か–日本の女性問題を紹介・論評した呉覚農について」という論文があって、中に浜田栄子が軽く出てくるだけなのですが、論文自体が面白くて全部読んでしまいました。ただ、内容についてはそのまま評価することができない部分があるのが惜しい。

呉覚農という人物について私はまったく知らなかったのですが、のちに近代的中国の茶学を確立した農学者だそうです。この人は日本に留学している時に婦人運動に興味を抱き、そのことを積極的に中国に伝えていたらしい。その時のペンネームがY.D.。

以下は呉覚農による浜田栄子の記述を前山加奈子がまとめなおしたもの。

 

 

「日本の民族性は」「事に遭って思いを遂げられなければ自殺行為に出る」が、「婦女たちは普通の常識をもって、旧習慣や旧道徳に対して多くの不満を持ちやすい」「自殺は心理的な病的現象であるが、旧社会に注目、覚醒、悔悟、戒め、批評をさせることができる。」

自殺した若い女性を紹介するのは、「(一)新旧の思想が交替する時期に、旧家庭の中で現在の教育を受けた婦女たちが極端に走りやすい。我国でもきっとそのような人は沢山いる。

自殺したのは日本の婦女であるが、我々の犠牲者とすることも出来る。(二)我国の内陸部の若い婦女が旧道徳習慣のために死ぬことは、浜の真砂のように多いが、(世論は)社会の道徳観念に対して相変わらずまったく救おうとしない。これは敢えて注意や批評をしようとしない大多数の世論に咎を帰せざるを得ない。試しに内陸部の新聞雑誌を見ると、某所の烈婦が夫に殉死、某地の節婦が死に損なったという文字しかなく、婚姻に対する重大問題が系統的にしっかりと記載されたことがない。記者はこの文章によって内陸部の評論家の注意を引き起こしたい」と述ぺて、18歳で自死した濱田栄子の家庭と事件の顛末、本人の心理状況を紹介した。

濱田栄子の父親は病院長であったが8年前に死去、兄は芸妓を身請けしたが母親が彼らの結婚に同意しなかったため、アメリカに行ってしまった。母親は夫の遺産を娘の栄子に与え、医大の卒業生を養子にして栄子と結婚させようとした。栄子は、結婚は自由でなければならないと確信していて、母とは一線を画していた。栄子はその後従兄弟と恋愛をし、近親結婚になることから母親に反対されたが、二人は貸家に同棲して事実上の夫婦であった。ところが栄子は母親の家で突然殺鼠剤を飲んで自殺してしまった。

自殺の原因については、財産を要求しようとしたことと身ごもった子供の戸籍問題に母親から承認を得ようとしたが、拒否されたためではないかといわれている。これに対し、呉覚農はメディアの論調を次のように紹介している。

子供の戸籍のために死を択んだのでは、依然として旧道徳を尊奉して、不徹底であり、旧習慣に束縛されていることだ。盲目的な死であり、無知な死である。また栄子の家庭は社会道徳の現状維持者で、栄子は現状を打破する新思想を抱いている。現状を打破するには実行の必要性がある。しかしまずこの現状を打破する根拠を持たねばならない。精神の中に 『物欲化』が生じれば、家の中の現状維持者の勝ちとなる。栄子は家庭に新道徳を建設しようとして犠牲になったが、社会改革には必ず改革の根底を備えなければならない、浅い根底や薄っぺらな感情主義で人生の真の意味の手段として奮闘し、犠牲になるのでは、とても道徳を建設する大事業ははるか遠くのことになろう。

 

 

これは1921年10月1日発行の雑誌「婦人雑誌」に掲載された「一個自殺的日本女青年」という批評文をまとめたものであり、これもY.D.の名で執筆されたものです。

 

 

呉覚農の浜田栄子評は山田わかのそれと一緒

 

vivanon_sentence残念ながら、浜田栄子の死を、やはり新旧の対立だけで解釈していて、それよりも大きい理由になったはずの不正義の告発という側面がきれいに消えてます。それどころか、捨子を道徳の維持者と見ていて、栄子の側に「物欲化」が生じたと思っているようです。母・捨子は物欲にとらわれた金の亡者であるとの評価はほとんど確定していて、尾越弁護士とともにウソをばらまき、子どもの死をも願い、不倫していたとの見方さえある不道徳な人間なのに。

事実認識が間違っているので、この批評全体、意味をなくしてしまってます。

 

 

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