松沢呉一のビバノン・ライフ

自慰・同性愛・変態—「人間探究」「あまとりあ」の悩み相談(上)-[ビバノン循環湯 391] (松沢呉一) -2,393文字-

「スナイパー」の連載用に書いたものです。

 

 

 

「人間探究」に毎号掲載された悩みの数々

 

vivanon_sentence昭和二十年代、エロ表現、エロ情報が横溢する中で、性を真面目にとらえようとする、性科学的アプローチの雑誌がいくつか出ています。その筆頭が「人間探究」です。

この雑誌には毎号相談コーナーがあり、おそらく「自分と同じ人がいる」と救いになった読者が少なくないのだろうと想像します。

悩みの中でもっとも多いのが自慰についてです。「自慰をしているのだが、体に悪くないのか」「自慰をやめられないのだが、結婚できるのだろうか」「初夜でうまく挿入ができなかったのは自慰のせいだろうか」「初夜で出血しなかったのは自慰をしていたためだろうか」とか、そんな相談です。「バカか、おまえら」ってカンジですけど、当時はそのくらい重大な悩みだったのです。

続いて多い質問は同性愛についてのものです。同性愛も積極的に取りあげていた「風俗奇譚」はまだ出てませんし、まして「薔薇族」はもっとずっとあとです。「薔薇族」に先行する同性愛者向けの雑誌がいくつか出ていて、三島由紀夫も書いたことのある「アドニス」が昭和二七年に創刊されてますが、どれも数百部の会員向けです。

情報がないため、とくに同性愛者の苦悩は深くて、相談内容が深刻です。

「人間探究」の姉妹誌的な雑誌である「あまとりあ」にも毎号「性の悩み相談」が出ています。「あまとりあ」昭和26年5月号には山内和英「暗い平行線」という投稿らしき原稿が出ており、ほとんど遺書のようなもので、死に方ももう決めていると書いてます。そういう時代だったのであります。

こういった同性愛者の悩みに対して、「あまとりあ」「人間探究」両誌の相談役的な立場である高橋鐵が回答しているのですが、これがまったく役に立たない。「女と後背位でやれば治る」とか「女のヌード写真を見れば治る」とか、今見ると、高橋鐵にも「おまえはバカか」と言わないではいられません。

これまたそういう時代だったとも言えるのですが、適切な回答をしている医者もいますから、高橋鐵のダメさは時代だけでは説明がつきません。この人がこの時代に闘っていたことは高く評価できますが、評価できるのはそこだけだと言ってよさそうです。

 

 

生理の血をなめる

 

vivanon_sentence自慰、同性愛に続いて多い悩みがマゾ、フェチ、スカトロの類です。

昭和二十年代のカストリ雑誌やカストリ新聞には頻繁に変態の記事が出てます。しかし、それらの記事は猟奇殺人をおどろおどろしく取りあげたものだったり、面白おかしくいじるものだったりもして、そのような資質を持つ人はかえって悩みを深めたことが想像できますし、そういった雑誌に相談の手紙を出したところで、無視されるか、それもまた笑われそうで、ためらわれたでしょう。

そこで、これらの人も「あまとりあ」や「人間探究」に相談を出すことになったわけです。

例えば「人間探究」3号(昭和25年8月号)に熊本のKさんという人物からの質問が4ページ近くにわたって掲載されてます。最後は「略」となってますから、原文はもっと長いらしい。「オレの話を聞いてくれ」という切なる思いが滲み出てます。今もマニアさんはそういう傾向があります。

この人は、この時点で二七歳だと思われます。子どもの頃から、女の子に馬乗りにされて苛められたいとの願望を持ち、思春期になってその欲望はいったいなんなのか自分で探究し始め、十九歳の頃、マゾヒズムというものを知り、谷崎潤一郎の小説に耽溺。

ある時、映画館のトイレに入ろうとして、驚くような美人とすれ違います。この頃は男女共用のトイレが多く、汚物入れに生理の血がついた綿を発見してなめます。なめた途端に後悔してうがいをし、一日中唾を吐いていたそうです。彼は病院の事務員をやっているので、不潔なことをしてはいけませんね。その美人が使った綿かどうかわからんですしね。

 

 

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