パターナリズムから抜けられない大学教員—懲戒の基準[30]-(松沢呉一)
「教育とパターナリズムの密接な関係—懲戒の基準 29」の続きです。
パターナリズムが通用しない時代に
パターナリズムが厄介なのは、それをなす者は相手のためによかれと思っていることにあります。圧倒的に自分が優れていて強い立場から、劣っていて弱い立場にパターナリズムは発揮されます。「賢い私はわかっているが、馬鹿なあなたにはわからない」との思い込みが支配していて、「自分が間違っているかもしれない」「相手のためにならないかもしれない」という疑いを抱くことなく自己決定を阻み、自立を妨害します。
売防法は「女には自身で売春する決断をすることができない」というパターナリズムに考え方に基づいた法律であり、それを支持する人たちは女はどうにもならず劣っていて弱い存在であると信じています。それがフェミスニストと名乗っていることの気味の悪さ。
実際の親子であれば、私生活に干渉してもいいでしょうど、子離れのできない親の迷惑を親子関係以外に拡大した状態です。
とくに教育現場ではパターナリズムが発揮されやすそうです。しばしば親が理不尽に躾け、理不尽に甘やかすように、学校でのパターナリズムは論理性、法則性、公平性に欠け、生徒の可能性を奪うことにもなります。
「東京芸大大学院は勝海麻衣を懲戒処分すべきか否か[上]—懲戒の基準22」に、バイクの三ない運動はパターナリズムだとした上で、私はこう書いています。
「学生だから大目に見る」という考え方と、この厳しい校則とは一見矛盾しますが、どちらもパターナリズムに基づくものでしょう。一人前の大人として扱っていない。
ここでは「事故を起こしても自己決定として尊重すべし」と言いたいのではなく、三ない運動は、事故防止に効力がなく、適切な方法があるにもかかわらず、「子どもは厳しく管理すればいい」という発想になってしまうことをパターナリズムとしています。
Wikipediaの「学業不正」はこれを書いたずっとあとで読んだのですが、ここでも同様の指摘がなされています。
歴史的には、学業不正を防ぐ役目は教員に与えられた。それは、かつて、教授には、学生の「親代わり(in loco parentis)」の役目があると考えられ、学生の行動をコントロールできたからである。従って、学業不正を発見した教授が、自分が適切と思う罰を学生に下した。この場合、学生は上訴できなかった。それで、大学は、試験を監督する試験監督官を別に雇った。不正が特に重大な時だけ、学部長と大学上層部が関与した。この一貫性のないパターナリズムのシステムに対して、いくつかの大学の学生は抗議し、大人として扱われることを要求した。
公平にルールに基づくのではなく、親代わりの教員が、自身としては適切と思える処分を生徒に課して、その決定に子たる生徒は抗えなかったわけです。このことで教員は生徒に対する生殺与奪の権利をもっていることを誇示して服従させることが可能にもなっていて、「大目に見る」と「厳しくする」は飴と鞭の支配の手段の別の側面でした。教師の恩情はそれ自体肯定され得るケースがあるとして、教師の感情が上位に来て過剰な処分をされることにもつながるのです。
※SSはバイク乗車禁止の校則違反で退学処分にされたことに対する訴訟の高裁判決。
大学の教員でさえも
そこに誰もが疑いを持たない時代だったらともかく、教師だっていい加減なのがいくらでもいることが認識されるようになった時代には、適切な範囲から乖離した処分に疑念を抱くのは当然であり、退学処分を不服とした裁判が起きて、学校に次々と賠償命令が下されるのも当然だろうと思います。
こういう時代になってきて、両者が納得できる処分と手続きにするために校則や処分規程の整備がなされてきているわけです。公立と違って私立中学では校則を成績の悪い生徒、素行の悪い生徒は退学にすることが可能であり、しばしば親もそれを歓迎するとは言え、そのルールは適正な範囲に留め、ルールは明文化しておかなければならんのです。そこんところがなお理解されていないのではなかろうか。学校においても社会においても。
また、教員の意識がついていけていないように見えるケースがあります。
大学教員でさえも、パターナリズムから脱していない人たちは少なくないようです。「かわいい教え子」みたいな感覚は大学でもなお必要だとしても、時にはそのことが適正な処分を阻害する大きな原因にもなっていて、「かわいい教え子」は適正なルールから逸脱しても守り、「かわいくない教え子」には適正なルールから逸脱して処分をするってことになっていそうです。
以下は大学から懲戒処分を受けたことを不服として訴訟を起こした東北芸術工科の教授が請求を棄却されたという昨年末の報道です。
2018年12月26日付「河北新報」より
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