松沢呉一のビバノン・ライフ

自分と似た人しか認識しにくくなっている社会構造—「大学生の4人に1人が太平洋戦争で米国と闘ったことを知らない」というエピソードの危うさ[下]-(松沢呉一)

初めて行った客にマリファナが回ってくる飲み屋が東京に実在する—「大学生の4人に1人が太平洋戦争で米国と闘ったことを知らない」というエピソードの危うさ[中]」の続きです。

 

 

人は自分と似た質の人を周りに配する

 

vivanon_sentence東京には多くの人たちに見えない動物が棲息するように、また、多くの人たちに見えない東京が存在するように、それぞれの人にとって、見えない人が存在しています。半世紀前に比べて、それぞれの人にとって、見えない層が増大してきている可能性があります。

偏差値60台の大学を出て、それに見合った企業に入った人はだいたい同じような層と仕事をし、遊び、結婚をします。SNSをやっていても、周りはそういう層で固まります。それを基準にすると、太平洋戦争で米国と闘ったことを知らない女子大生の存在は想像できない。四半世紀前からいたにもかかわらず。

「偏差値で人を見るな」なんて意見もありましょうが、現に大学は偏差値で選別され、それによって生徒の質は違い、知識も違う。女子が苦手な課目、男子が苦手な課目が現にあって、克服する過程を経ていないと、そこに知識の欠落がある生徒が多数出ることは避けようがない。個別に見れば人によりけりですが、数値を出すと男女の差は歴然とし、大学の差も歴然とします。

歴史の知識なんて必要がない保育士や栄養士になるためのコースなら納得するとして、太平洋戦争で米国と闘ったことを知らないのが、歴史の知識が必須であるジャーナリズム論専攻の学生だとわかって、改めて私は呆れはしましたが、たまたまその年はとくに生徒の質が悪くて、そういう数値が出てしまうこともありましょうよ。そういう大学では本気でジャーナリズムを学びたいなんて考えてないのがゴロゴロいるわけです。恒常的にあんな数字が出るとも思わないですけど、一定数いるのは理解できます。

大学生に「この一年で読んだ本を教えて」と聞いてみ。これも人によりけりですが、ロクなもんを読んでないのがいますし、「一冊も読んでない」「本を読むのは好きじゃない」というのがいます。そういうのが出版社に入社希望する時代です。

だから、「どこの大学だろう」と疑問を抱くのは当然であり、太平洋戦争で日本がどこと闘ったのか知らないことが問題であるなら、「どこの大学だろう」と疑問に思わないのも問題。

※八潮には野鳥観察小屋があって、そこが猫に餌をやっているため、太った多数の猫がいます。猫が野鳥を襲うじゃないかと憤りました。猫は野生動物に対する殺戮部隊であり、ナチスの親衛隊なみに容赦がない。しかし、猫を捨てる人たちがいて、餌をやらないと野鳥や爬虫類を襲ってしまうため、去勢をして餌をやっているのだろうと思い直しました。地域によっては去勢猫の耳をカットしていますが、そこまでは判別できず。こういうのは話を聞かないと、どうしてそうしているのかわからないものですから、話を聞こうとしたのですが、観察小屋には職員が誰もいませんでした。

 

 

風俗ライター時代の交流

 

vivanon_sentence私は風俗ライターをやっていたために、自分と似た境遇だけでなく、まるで違う層の人たちとのつきあいが長らくありました。風俗店のスタッフには、いい大学を出ているのもいれば、高校中退もいます。前科のあるのも珍しくない。風営法違反で捕まっただけでなく、人を殺して捕まったのもいます(これは少年時代)。

雑談をしていると、驚くほど何も知らないことがあります。店長クラスだとそんなことはまずないですが、下っ端だと日本の総理大臣が誰か知らない。下手すりゃ、自民党と共産党の違いもわからない。学歴がなくても、常識がなくても、仕事ができればいいのですし、その業界で必要な知識があればいい。

歴史や政治の話ができることで仲良くなることもなくはないですが、それより気が合うことや、話が面白いことの方が大事です。風俗業界に限らずのことで、芸人にもこういうことをまるで知らないのはいそうです。佐々木孫悟空はムシにはとてつもなく詳しいですが、漢字を書けないし、読めないです。本も読んだことがない(人生で一冊だけ読んだことがあると言っていたかな)。そんなことよりヤツは生でムシが食えるんだから、それでいいんです。尊敬できます。

風俗嬢には偏差値の高い大学の学生や大学院生もいましたが、一方、中卒で、シャブで前科二犯がいたりしました。大学生だってアホの子はいっぱいいて、確認したことはないけれど、太平洋戦争で、米国と闘ったことを知らないのはいたんじゃないですかね。まして、第一次世界大戦ともなると、日本がどこと闘ったのかもわからないのはザラでしょう。私も大学時代はよくわかってなかったかも。体験した人が死んでいけば歴史は必ず風化し、学ぶ姿勢がないと知ることができない。

といった経験からすると、「女子大生の4分の1は太平洋戦争で米国と闘ったことを知らない」という話を読んでも、「層によりけりだろ」と思うだけですが、あのインタビューで「女子大」という文字を見た時に自動的の自分に近い層をイメージして驚いたり、呆れたりした人たちが多いのではなかろうか。だから、「自分の時代では考えられない」ってことになる。四半世紀前にはすでに自分とは接点のない層が存在していることに気づいていなかったことを明らかにするだけのエピソードなのです。

 

 

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