松沢呉一のビバノン・ライフ

フランスでの廃止主義(道徳主義)に対抗する自由主義のフェミニストたち—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編3]-(松沢呉一)

フランスの売買春法制史—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編2]」の続きです。

 

 

廃止主義vs.自由主義

 

vivanon_sentence前回挙げた以外に「禁止主義(prohibitionnisme)」という言葉もあり、これは売春を禁じ、罰する方式のことです。しかし、フランスは売春自体を禁止したことはなく、また、日本は罰則がないので、ここに含まれません(仁藤夢乃の脳内を除く)。

といったように、さまざまな用語が使用されているのですが、ここではもっともよく見る「廃止主義」を使います。

前回見たように、廃止主義を先導したマルト・リシャールはのちに考えを変えて、自分の意思でなされる売春を肯定するようになったようですが、マルト・リシャール法の頃は売買春のすべてをなくせると信じていたようであり、売春のすべては奴隷制と認識していました。しかし。彼女が公娼制度に反対したのは、自身が売春していた記録を消すためだったと思われ、過去が暴かれてしまったので、もともと自分もそうだったように自身の意思でやる売春は問題ないという考え方に立ち返っただけかもしれない。いずれにせよ、マルト・リシャール法は間違いだったと認めるべきでした。

日本でも戦前の矯風会救世軍は、「公娼制度があるから売春がなくならない」と繰り返し主張していて、私娼もまた公娼制度によって生み出されるものだとしていました。他に先んじて埼玉県や群馬県で公娼制度がなくなると、今後は私娼が跋扈したのですが、他府県に公娼があるからだと強弁。もちろん、そんなはずばなく、どこの国でも公娼制度が廃止されても、売買春は維持されましたし、日本では、戦後街娼が街に溢れました。

その場限りのデマカセを言い続けながら、見込み違いについての反省の弁は見たことがなく、そんな見込みはなかったかのように、戦後は条例の制定、そして売防法の制定に邁進してきました。これには保護更生においての利権確保の側面があったことも付記しておきます。

見込み違いを認めず、次のデマカセを言い始めるのはフランスでもしばしば見られることです。その法によって何が起きるのかのシミューレーションをしっかりやらないからそうなります。のちほどフランスの具体例を見ていきます。

こういった「規制主義」「禁止主義」「道徳主義」「廃止主義」に対して、非犯罪化を求める人々は「反規制主義」「自由主義」と呼ばれます。自由主義はリベラリズム、フランス語ではlibéralismeですが、左翼の言い換え用語である「リベラル」ではないので注意のこと。

「自由主義」に含まれるでしょうが、個人主義の人たちがこちらには多いかと思います。遠い将来に売買春は消えようとも、今現在、自分の意思でやっている人の決定を尊重する、少なくとも妨害をしない。性の領域は個人が決定すればよく、国家が介入すべきではないと考える。

※自由主義の立場をとるACT UP-Parisのロゴのセックスワーク・ヴァージョン。Le travail du sexe est du Le travailはSexwork is workの意味

 

 

ソ連共産党とフランス共産党と日本共産党

 

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フランスにおいては(日本もか)、旧来の左翼であるフランス共産党(PCF/Parti communiste français)は一貫して廃止主義の立場をとっています。フランス共産党は、1920年に結成され、ナチスドイツとのパルチザン闘争を担ったことから戦後は強い支持を受け、当時に比べれば衰退したとは言え、今も10パーセント前後の支持率を得ています。1991年のソ連崩壊によって公開された文書によって、戦前から長らくソ連はフランス共産党に資金援助していたことが明らかにされています。当然、ソ連共産党に意向に沿う活動をしてきたのでしょう。

また、共産党と左翼戦線を組む左翼党(PG/Parti de Gauche)は2009年に結成された比較的新しい政党ですが、これもまた廃止主義で歩調を合わせています。

共産主義者が道徳主義者と意見を同じくするのは奇妙な気もしますが、どちらも個人よりも集団の利害が上位に来る点は同じ。国家主義、全体主義につながる人々。個人主義と対立するわけです。

また、主義はつかないですが、セックスワーク派といった言い方を見ることもあります。セックスワークという言葉については「セックスワークという言葉を使う事情-[娼婦の無許可撮影を考える 10 ]」に書いていますが、この言葉は性別、業種を問わず、広く網羅するのに適しているだけではなく、「仕事である」との主張が込められています。そのため、廃止主義の人たちはこの言葉を避けたりします。仕事であると認めたくないのです。

ここではざっくり「廃止主義」と「自由主義」としておきますが、いやらしいことに、廃止主義の立場から、「売春の非犯罪化」という言葉を使用していることがあります。買春者を処罰し、売春者を罰しないことを指すのですが、個人の決定を尊重する気はさらさらなく、処罰しない代わりに更生させる。ここでもやっぱり彼らの道徳が滲んでいます。「女は子どもと同じで自分で決定できない。子どもが犯罪をやったら少年院に入れるように、売春した女は更生施設に入れる」ってわけです。そして、公金チューチュー。

Wikipediaより共産党地方支部の建物(2009)。現在、本部では使っていないようですが、槌鎌にPCFの看板はおそらく昔のロゴでしょう。東ヨーロッパでハーケンクロイツと同様に嫌悪されている表象をよく使えるもんです。

 

 

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