柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『ヴィーナス・イン・エロス 天使たちの詩歌(うた)』 ~この世のすべてに命がある

Venus in Eros
製作・監督・脚本・字幕 今井孝子
出演 原紗央莉、アラン・ヴィンセント(誰だこの外人)

 

今井孝子と名前を聞いてはっと思った。ぼくはこの人を知っている!

今から二十年以上前、まだ〈宝島〉が月刊でバンドブームで音楽誌だったころ、ぼくは〈宝島〉の編集部員だったのだが、そのとき音楽ライターとして毎号のように原稿を書いていた音楽評論家である。当時の〈宝島〉ではぼくは「音楽以外すべて」という担当だったので、直接原稿を頼んだりと言った付き合いはなかったと思うが、編集部出入りのライターだから知らないわけがない。まさか、あの今井孝子が、いったいいかなる経緯をたどって「エロスの伝道師」として原紗央莉主演の映画を作ることになったのか!?

さて、物語は「百年前、ある深い森の奥にヴィーナスの彫像がありました」とはじまる。ときは冬。雪が吹きつける中、帆布みたいな巻きスカートのヴィーナス像。やがて春が近づき、氷がゆるみ、花が咲きはじめる。「何か、いいことが起きそうな予感!」

ちなみにこの間、美しいピアノに合わせて美しい風景を写した環境映像が延々と続く。おお、美しい……じゃなくて!ほぼ全編の半分近くがこの環境映像なので、これを抜いてしまえば上映時間は半分で済むだろう。ともかく、「いいことが起きそうな予感!」というヴィーナスの言葉通り、ヴィーナスの隣に二つの彫像がやってきた。ダヴィデとエロスである。ダヴィデとヴィーナスとはどういう組み合わせなのか? と思ったら、これミケランジェロのダヴィデ像である。まあミケランジェロは理想の男性像をダヴィデに描いたのだからそれでいいのか!?

ヴィーナスを演じるのはもちろん今井孝子が「彼女しかいないと思った」という原紗央莉。彫像だから当然動かず、言葉も喋らず、音楽は美しいピアノの調べ…………AVならすべて早送りにしてしまうレベルである。ちなみに大理石の彫像役なので全身白塗りで、ところどころに黒い陰がつけられているのだが、殴られて青あざができているようにしか見えないヴィーナス。

(残り 1447文字/全文: 2306文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

tags: 今井孝子 原紗央莉

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ