柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『弥生、三月 -君を愛した30年』 感情も行動も誇張されわかりやすく戯画化された漫画にならざるを得ない。実験映画だからしょうがないのである

公式サイトより

2020年最新刊『皆殺し映画通信 御意見無用』 発売のお知らせ

弥生、三月 -君を愛した30年

監督・脚本 遊川和彦
撮影 佐光朗
音楽 平井真美子
出演 波瑠、成田凌、杉咲花、岡田健史、小澤征悦、岡本玲、夙川アトム、矢島健一、奥貫薫、橋爪淳、黒木瞳

 

一九八六年三月一日、高校一年の山田太郎(成田凌)は通学のバスに乗り遅れ、後ろを走ってきて追いつき乗り込むパワフルきわまりない結城弥生(波瑠)の走りっぷりにあっけにとられる。学校に着くと、たまたま弥生が、汚染された血液製剤のせいでHIVウイルスに感染してしまった親友渡辺サクラ(杉咲花)を揶揄して喜んでいるクラスメートに怒り、HIVは容易には感染しないことを示すためいきなりサクラにキスするところを目撃してしまう。「……ごめんね。ファーストキス奪っちゃった」「自分もファーストキスでしょ!」こりゃ惚れるわ、というわけで一目惚れの太郎、これは二人のそれから三十年の物語である……

 

 

この映画、二人の三十年を三月の三十一日間だけで語るという仕掛けである。ひとつのシーンは人生のある特定の年の三月のある一日に対応する。つまり十六歳の一九八六年三月一日に出会い、十八歳の一九八八年三月四日に卒業し……というかたち。時系列は結構シャッフルされているのだが、三月×日という日付けは順番に進んでいく。つまり二〇一一年三月一四日に回想するのが一九九〇年三月一五日の出来事だったりするわけだ。結構トリッキーで、面白いアイデアである。ともかく見ている分には毎日毎日事件が起きるので飽きない。大河ドラマのダイジェスト的な面白さがある(実際、文字通りそういうものではある)。シーンが変わるごとに年が飛ぶのだが、字幕で何年か出るわけじゃないので、それがいつの事件なのか(年代記的にどこに入るのか)知るために、シーンが変わるたびに画面のどこかにあらわれる××年三月×日の文字を探して目をこらす。なんだかピーター・グリーナウェイの昔の実験映画を見てるような感じだった。

もうひとつのポイントは舞台が仙台だということ。一九八六年から二〇二〇年までの三十年間、仙台、となれば当然二〇一一年三月一一日という日が入ってくる。このクライマックスに向けて二人の関係がどう練られ、どう変化するのか、そこが一種のサスペンスとなるわけである。結構な予算を使った実験的震災メロドラマと言えようか。

 

サクラはサッカー部で活躍する太郎のファンだった。太郎は弥生に惚れているのだが、弥生は親友サクラに遠慮して二人をくっつけようとしている。そんな微温的な三角関係は長くは続かず、サクラはついに発病して入院することになる。「弥生にも太郎にもずっと今のままでいてほしい」と言うサクラ。そして一九八八年三月四日、高校の卒業式にサクラの姿はなかった(うまいこと三人の名前が順番になっているので、ひとつながりで呼ばれる)。高校卒業後、サッカー選手の夢をいだく太郎と、教員志望の弥生とは別の道を行くことになる。「四〇過ぎても独身だったら結婚してやるよ!」「あんたのほうでしょ!」と憎まれ口を叩きあって別れる二人。

 

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