柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『水曜日が消えた』 「水曜日」は? 残念ながら「水曜日」は出てきません。……いやまあ作者が決める設定だからどうでもいいといえばいいんだけどさ

公式サイトより

水曜日が消えた

監督・脚本・VFX 吉野耕平
撮影 沖村志宏
音楽 林祐介
主題歌 須田景凪
出演 中村倫也、石橋菜津美、中島歩、休日課長、深川麻衣、きたろう

中村倫也演じるのは曜日ごとに人格が入れ替わる七重人格の男。「火曜日」は毎朝「月曜日」が散らかしたゴミを片付け、病院で検査を受けると「水曜日」のために翌日出すゴミをまとめて眠りにつく。ところが翌日起きるとそれは水曜日。はじめての水曜日に浮かれる「火曜日」。だが「水曜日」はなぜ消えてしまったのか?

……という話かと思うでしょ? 違うんだよ!!! そもそもこんな設定を考えたら、まず最初にやるのは七人を演じ分けること。それからこの七人格がどのように人生を住み分けているかのディテールのアイデア出しだと思うんだが、残念でした、そんなことは何ひとつありません! この映画に出てくるのは「火曜日」と、あと最後に「月曜日」がちょっとだけ。他の曜日はまったく登場しない。そして曜日間の交流はほぼ壁に貼ったポストイットによる申し送りのみ!(曜日ごとに色分けされている)曜日ごとに協力するとか出し抜く駆け引きするとかそういうことはいっさいない。じゃあ何が描かれるかというというと、「火曜日」がいつも休館日だった図書館にはじめて行けて舞い上がり、司書の女の子をナンパして、結果「火曜日」と「水曜日」の三角関係になるという……え、これだけの設定を作っておいて、気にするのはそういうことなの? そうなのである。まさかここまで何もない話とは思わなかった。こういうのを恋愛脳っていうんですよね?

監督・脚本は2000年に『夜の話』でPFF審査員特別賞を受賞、以後短編映画やCMで評価され、「次の時代を担う気鋭の映像クリエイター100人を選出するプロジェクト「映像作家100人2019」に選出」されている吉野耕平。「気鋭の映像クリエイター」らしさは16年前、「僕」が七重人格に分裂することになったきっかけの交通事故場面を、七色に美しく輝くガラスの破片が舞い散る中、血の一滴も流れないまま横たわる少年というリアリティのかけらもない世にも美しくロマンチックな悲劇として描き出すショットぐらいしか発揮されていない。本人もそう思ったのかどうなのか、この鬱陶しいショットをくりかえしくりかえし、最初から最後までストーリーにも流れにも関係なくリピートしまくる。じゃあそれなんか意味あるの?って聞かれても別に象徴的な意味も何もないのである。

 

 

さて、そういうわけで“僕”(中村倫也)が目覚めると隣に見知らぬ女が寝ており、慌てて叩きだす。バンドマンでやりたい放題の「月曜日」の仕業である。「月曜日」は散らかし放題で、家の片付けはすべて真面目で几帳面な「火曜日」に押しつけている。一応(映画には出てこないながら)各曜日の性格づけはされており、「木曜日」はイラストレーター、「金曜日」は植木の世話をし、「土曜日」はゲームクリエイターだかプログラマーだか、「日曜日」は日がな一日釣りをしている趣味の人である。「水曜日」は? 残念ながら「水曜日」は出てきません。

 

 

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tags: PFF きたろう 中島歩 中村倫也 休日課長 吉野耕平 林祐介 沖村志宏 深川麻衣 石橋菜津美 須田景凪

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