柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『大綱引の恋』 鹿児島県薩摩川内市に400年続くという「大綱引」にかける青春を描いた正統派地方お祭り映画。下手に触れると火傷する地域コミュニティの凄み

公式サイトより

大綱引の恋

監督 佐々部清
脚本 篠原高志
企画・製作 西田聖志郎
撮影 早坂伸
音楽 富貴晴美
主題歌 AI
出演 三浦貴大、知英、比嘉愛未、中村優一、松本若菜、西田聖志郎、朝加真由美、升毅、石野真子、金児憲史、沢村一樹、吉満寛人、西田あい

鹿児島県薩摩川内市に400年続くという「大綱引」にかける青春を描いた正統派地方お祭り映画。これ、見ていて大いに興味深い作品であった。いわばまったく価値観の違う異民族の生態を覗いているような感覚である。川内においては大綱引は至上の価値があり、一年のすべては大綱引に結実し、人生のハイライトは大綱引で「一番太鼓」をつとめることなのである(一番太鼓は一生に一度しか務められない決まりである)。これは当然徹底的なマッチョイズム男尊女卑思想に裏付けられているので、男たちにとっての「人生」。女性は男たちを「(綱を)引けー」「(太鼓を)たたけー」と応援しサポートすることが人生の喜びなのだ。清々しいほどのアナクロニズムを称揚する映画は、21世紀の日本とも思えないが、その中では大いに筋は通っている。もともと祭りも村落共同体もそういうものであるのだから、地方映画の価値観においてこうした映画が出てくるのは必然かもしれない。ぜひ、河内長野のだんじり映画を、あるいは岡山のはだか祭映画を見たいと思う。真剣に、その価値観の崇高なる輝きを謳い上げるようなものを。地方の祭りとは本来それくらい凶暴なものではなかったのか。「都会で挫折した心を癒やす」みたいなぬるま湯ではない、下手に触れると火傷する地域コミュニティの凄みをひさびさに感じさせてくれる一本である。

監督は佐々部清。2020年3月に亡くなった佐々部監督のこれが遺作となる。『半落ち』その他で知られるメジャー映画監督だった佐々部監督だが、近年は『六月燈の三姉妹』、『群青色の、通り道』『種まく旅人、夢のつぎ木』といった地方映画が主戦場であった。ある意味、ふさわしい遺作となったのではなかろうか。

 

 

さて、物語の主人公はアラサーの有馬武志(三浦貴大)。幼年期に父(西田聖志郎)が上方の「一番太鼓」をつとめた姿に感銘を受け、いつかは「一番太鼓」と思いさだめてウン十年、現在は父の経営する「有馬組」で鳶職として働く身だ。順風満帆と思いきや、父からは認めてもらえず、「綱引きを捨てたくせに、東京から逃げ帰ってきた男」と軽侮されている。東京の大学を出て就職したものの、リーマンショックで会社が倒産、仕方なく故郷で家業を継ぐことになったのを綱引き的価値観に翻訳するとこうなるのだった。そんなわけで鬱屈しながらそれでもいつかは「一番太鼓」と縁の下の力持ち仕事に邁進する日々である。そんなある日、川内駅ですれ違った通行人がいきなりばったり倒れ、「誰か救急車!」と絶叫すると、そこをとおりがかったのが韓国人女医ジヒョン(知英)。さっそうと救命措置をほどこす姿がスローモーションで描かれて、武志の一目惚れをこれ以上なくわかりやすく表現する。

 

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