柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『名もなき池』 大林宣彦と尾道の成功物語にとらわれ、町おこし映画に夢をかけてしまう人は尽きない。いいかげん夢からさめて、ぼくの仕事を減らしてもらいたい

 

公式サイトより

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名もなき池

プロデューサー Shin Beethoven
監督・脚本 神場光晴
脚本協力 伊達直斗
出演 伊達直斗、清田美桜、宮川一朗太、佐々木優佳里、鶴田さやか、半田健人、熊谷真実

 

 

岐阜県関市のご当地映画。なのだが映画そのものとは関係ないところで大いに話題になった。いや、そこでしか話題になっていない作品である。関市は当市を宣伝するご当地映画の企画を募集し、補助金として最大二千万円を支給する「映像作品撮影事業補助」を実施した。そこから生まれた映画が『怪獣ヤロウ!』 こちらもYouTuberぐんぴい主演という相当香ばしい企画なのだが、特撮マニアらしい手慣れた自主映画で、嫌味なく見られる。問題は補助金を受給した対象ふたつのかたわれ、企画会社IROHA STANDARDのほうである。

プロデューサー、シン・ベートーヴェンの指揮により、ご当地映画を作るとしていたものの、映画は一向に公開されず、しびれを切らした関市側が補助金の返還を求める事態になった。補助金支給の条件のひとつに、「令和7年3月31日までに国内の複数の映画館で4週間以上上映すること」というものがあったためである。補助金返還を求められたIROHA STANDARD側は、じゃあ上映すればいいんだろ!とばかりに2025年3月末から兵庫県洲本市と愛媛県松山市のふたつの劇場で公開されることになった。まさにアリバイ公開。ということで否応なく注目され、関市と「モネの池」の名が大いに全国に向けて発信されたのである。まあ関市の望んだかたちではなかったかもしれないが。この経緯を見て、地域発町おこし映画の専門家として言いたいことはふたつ。

 

1)映画に変な期待をしてはいけない。
2)「シン・ベートーヴェン」なんて名前のやつが出てきたらさっさと撤収しろ!

 

申し上げたいのは、あなたが映画を依頼しようとしている相手は大林宣彦ではないのだ、ということである。いまだに大林宣彦と尾道の成功物語にとらわれ、町おこし映画に夢をかけてしまう人は尽きない。いいかげん夢からさめて、ぼくの仕事を減らしてもらいたい。

そういうわけで『名もなき池』である。筆者は松山シネマ・ルナティック湊町で見せていただいた。なお、パンフレット等は存在しないため、キャラクターの名前はすべて聞き取りに頼っており、漢字は「嵐子」と「瞳」以外は不明である。

 

 

 

 

 

「名もなき池」とは刃物の町岐阜県関市にある人造の貯水池のこと。7、8年前に作られた人造池なのだが、誰かが錦鯉をはなしたところ、「まるでモネの『睡蓮』のようだ」と評判になる。だけど人造池なので名前はないまま……という経緯を、池の周りを掃除している二人の女子高生が強烈な説明ゼリフで説明してくれる。貯水池近くのカフェでアルバイトしている嵐子(清田美桜)は、「ここを掃除していると心が落ち着くの」などと説明するのだが、残念ながらその後掃除の場面は出てこない。カフェの店主エイコは刀鍛冶である嵐子の父オダヨシト(伊達直斗)の後輩で、彼のことをにくからず思っている。一方、父の鍛錬場に、姉のアマネ(嵐子の伯母)が三人の若者を「こいつら、あんたのところで鍛え直してよ」と連れてくる。

「俺は弟子は取らないんだ!」

と絶叫するのもかまわず、体にのしを巻いた男女三人(リュウケン、マコト、ソウイチロウ)を置いて去る姉。この三人組がなんなのかも、体に巻いたのしがなんなのかもさっぱりわからない。ついでにいうと姉も二度と出てこない。この映画、こういう意味不明のギャグが多すぎて、このあと嵐子が友人といきつけの定食屋みのや食堂に行き、なんなのかわからない丼飯を食い(「いつもの」と言って出てきた料理がなにやら茶色のものを大盛りにした丼としかわからない)、マコトの姉である店長と(嵐子が執拗に「マコトそっくり」と指摘する)、大食いチャレンジをしているらしき女性と絡む場面があるが、ここほぼ全編が意味不明のギャグなうえ、前後のストーリーとまったくつながらないのでそもそも必要ない。どうも映画をバラエティ・コントかなんかと勘違いしているふしがある。それにしても各シーンがまったく有機的につながらないのは本当に困ったことで、ChatGPT使おうがなんだろうが、せめて箱書きくらい作ってくれ……

 

 

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