柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『春の香り』 難病少女の短い人生をフィクションで救ってあげようとしたら、かえって現実の厳しさを際立たせてしまうという

公式サイトより

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春の香り

監督 丹野雅仁
原案 坂野貴宏、坂野和歌子
脚本 カマチ
撮影 砂川達則
音楽 寺田テツオ、北村友佳
主題歌 山本雅也
出演 美咲姫、篠崎彩奈、松田一輝、平松賢人、笠井信輔、佐藤新、櫻井淳子

 

満開の桜の木の下に立つ眼帯姿の美少女。

「櫻の樹の下には屍体が埋まっているって……誰が言ったのかは知らないけど(ここで場内総ツッコミ)、でもその屍体は幸せだ。だって、花が咲くたびに思い出してもらえるんだから……」

 と暗いことを言っている藤森ハルカ享年19歳。これは、短い人生を精一杯生きた彼女の物語である……というわけで若くして悪性脳腫瘍を患って死亡した娘への思いを両親が綴った自費出版発のベストセラー(『春の香り』坂野貴弘、坂野和歌子/文芸社)を、急性白血病で骨髄移植を受けた実娘の話を映画化したばかりのプロデューサー堀ともこが映画化したのである。監督は木更津の地方映画『メイド・イン・ヘブン』が記憶に新しい丹野雅仁。なんと厚生労働省推薦ということで、大感動の脳腫瘍エクスプロイテーションかと思いきや、18歳女子高生のいい話は全部妄想で、看病する家族の辛い話はほぼ実話、といういろいろ厳しい映画であった。まあフィクションで救ってあげようとしたらかえって現実の厳しさを際立たせてしまう感じになった、というところか。そんなわけで、なかなか興味深い一本ではありました。なお、後援にも入っている愛知県江南市が映画の舞台で、一応地方映画としての顔も持つ。といっても特に名物らしきものは出てこなかったのだが。

 

 

 

 

2019年3月。漫画家志望の女子高生ハルカ(美咲姫)は新たな高校に転入するので不安だらけ。実はハルカ、小学校六年のときに膠芽腫というきわめてたちの悪い悪性脳腫瘍を発生、手術で腫瘍は取り除いたものの激しい運動などは厳禁。普通科高校に進みはしたがやはり出席が難しく、通信制高校に転校することになったらしい。今日は月に一度のスクーリングの日だ。

教室で弁当を開けるがダメ!こんな弁当は見せられない! 実は朝、出掛けに父(松田一輝)が取り違えてハルカの弁当を持っていってしまい、気づかぬまま父のドカベンを持ってきてしまったのだ。サイズで気づけよ! で、鶏唐と焼き魚ばかりの茶色い弁当なんか恥ずかしくてクラスメートに見せられない!と(いやずいぶんな言い方だなあと思ったけどね)いうんで一人屋上でぼっち飯。すると給水塔の上から少女漫画家の王子様みたいなイケメン(佐藤新)がいきなり声をかけてきた。

「すごい美味しそうな弁当!」

 恥ずかしがって隠すものの

「ぼくはタクミ。三年生だ。さっき、自己紹介で漫画家志望だって言ってたよね。漫画描いてるの? 見せてよ!」

 

 

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