「将来はヘッドコーチに」“チーム大野”の一翼を担う三遠ネオフェニックス 綾部舞コーチ兼通訳【around the basketball 第2回】
バスケットボールを支える人にフォーカスするインタビューシリーズ「around the basketball」。
リーグ戦の約3分の2を終えて、中地区首位を独走する三遠ネオフェニックス。わずか2シーズンで不死鳥を蘇らせた大野篤史ヘッドコーチとチームスタッフの手腕は見事というよりほかない。
“チーム大野”を千葉ジェッツ時代から通訳として支えている綾部舞さん。Bリーグを代表する通訳の一人である彼女が、今シーズンよりコーチという新たなチャレンジを始めたと聞いた。決断に至った情熱とその目が見据える先を知りたくなった。
(インタビューは2月9日に収録)
Contents
【プロフィール】
綾部 舞 三遠ネオフェニックスコーチ兼通訳
小学校2年からバスケットを始め、中学時代からNBAに魅了される。「アメリカの大学に挑戦したい」と、高校卒業後はハワイ大学の附属短大に進学。ストリートでバスケットをしていたところを認められて、サマーリーグを経てハワイ大学に編入。NCAA D1の舞台で2年間プレーした。
卒業後は帰国し、2014-15にライジング福岡の通訳に就任。トヨタ自動車アンテロープスで3シーズン、千葉ジェッツで4シーズン通訳を務め、2022-23シーズンより現職。
通訳への道は、あの日、偶然開かれた
「どうしてもバスケットから離れられなくて。仮病を使って、当時勤めていた会社を休みました」
運命を変えた一日は? という質問に、三遠ネオフェニックス(以下、三遠)でコーチ兼通訳を務める綾部舞さんは、「結構たくさんあるんですよね」と30秒ほど考え込んだ後、ある一日のことを話し始めた。
「あえて一日だけ選ぶとすれば、bjリーグのトライアウトに行った日。『もしかしたら、仕事につながるかもしれないよ』と知り合いに誘われ、『絶対に行かなければ』と直感しました。
そこでライジング福岡(現:ライジングゼファー福岡)のヘッドコーチと出会い、『通訳を探しているのだけど、やってみないか』と話をもらいました。私としては望むところだったので、次の日に履歴書を送りました。それがいまに続く、始まりでした」
高校時代にNBAにどハマりした綾部さんは、アメリカでバスケをしてみたいと渡米。NCAA D1のハワイ大学で2年間プレーをした。帰国後は、競技を続ける道を模索したが叶わず。システムエンジニアとして働いていた。
通訳になりたいと考えていたわけではなかったが、彼女はそのチャンスに飛びついた。福岡で通訳としての“ルーキーイヤー”を過ごし、翌年Wリーグのトヨタ自動車アンテロープスへ移籍。3年間ドナルド・ベックヘッドコーチ(HC)の通訳を務め、彼の退任にともなって退団。2018-19シーズンにBリーグの千葉ジェッツ(以下、千葉J)に通訳兼アシスタントマネージャーとして加わった。
“チーム大野”はなぜ結果を出せるのか
大野篤史HC率いる千葉Jでは天皇杯連覇、Bリーグ制覇を経験。敏腕通訳“綾部姐さん”として、千葉Jにとどまらず、バスケファンの間で知られる存在となっていた。そして昨シーズン、大野HCが三遠へ電撃移籍すると、他のスタッフとともに綾部さんも三遠に活躍の場を移した。
「一番大きい理由は、やはり大野さんの元でもっとバスケットを勉強したかったからです。千葉Jは“途中加入”だったので、新しいチームに行って一から何かを作り上げる楽しさややりがいにも惹かれました」
コーチになったのは今シーズンからだが、数年前から指導者を目指したいと考え始めていたことも環境を変える決断を後押しした。
「(大野)大野さんは本当に頭がいい方。バスケットに関しては、どんな質問をしても必ず答えが返ってくるし、その答えも何手も先を読んでいて、『そんな奥深く考えているのか』といつも感心させられます。そもそもリスクヘッジ能力が高い方で、『こうなった場合はこうしよう』『ああなったらどうする』と色々な角度から考え抜く。話を聞くたびに、自分の考えの浅さを痛感させられます」
バスケットの理解度や頭の良さに加えて、人を惹きつけるカリスマ性も大野HCの魅力だと綾部さんは続ける。
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