松沢呉一のビバノン・ライフ

女子の社会進出に強く反対する嘉悦孝子—女言葉の一世紀 112-(松沢呉一) -3,098文字-

男女同権・自由平等に反対する嘉悦孝子—女言葉の一世紀 111」の続きです。

 

 

 

商業高校の経営者が女子の社会進出に反対する怪

 

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続いて嘉悦孝子著『怒るな働け』(大正四年)の第十八章「女子が外に働くの可否」という章を読みました。

愕然としました。

またまた長くなりますが、愕然としてください。

 

近来生活問題、即ち生存競争といふ事が非常に旺(さか)んになって参りました。其結果女子にも職業を授けよといふ事になり、従来は家に在って殆ど本能的に家政を処理して居った女子が、或は官衙(かんが)に或は銀行会社に腰弁を下げるものが大分多くなって参りました、之れが為めには特殊な学校や其他の機関なども設けられて、各々其れ其れの技術を要請せられてゐる向も少なくありません。

斯うした傾向を生じたのは従来保守的であった婦人が、進取的に活動する事になったのだから、余程国家の経済にも好影響があるかのやうに思はれますが、之は一局を見て大局を知らざる姑息な観察であります、現今の我国に於ては何れかと申すと、まだまだ事業を起す余裕が人間の割合から見て非常に多いのであります(※)。然るに憖(なま)じい女子などが外に出でて働かうなどとするから、世の中が喧ましくなってなりません。あたら活動時代の男が就職に苦しみ無職を喞(かこ)つのも、皆女子になどか男子の領分に侵入して居る結果であります。成程官衙や銀行会社などから見れば、比較的に支給が低くて済むから善いやうにも思ふでせうが、其れは全く皮想な観察に過ぎません。女でも出来ることは女の方が可いといひますけれども、少しは余分の給与を出しても、男子を使へば必ず其れ丈の働きが多いのであります。彼の逓信省などで、珠算には女が適当だといって、大分に女子を歓迎して居るやうですが、而しあれでさへも、毎年催さるる珠算競技会などでは、大抵最優等の成績は男に穫られる事が多いのであります。斯様に女子が適当なりとする事に於てすら、尚且つ男には叶はないのを見ても、少し位給料が安く済むから女子を用ふる方が得策だとは決して、認められません。故に私は女子が外に腰弁などを下げて働らく事は国家の経済問題としても憂ぬ可き事だらうと思ひます。

今日の逓信省あたりへ出て居る婦人方の得る所を見るに、中々最初より十五円の俸給は取れないやうです。無論其れだけでも遊んで居るよりは増しには相違ありませんが、さりとて大変な余裕は出来ないと思ひます。家に居れば別段身辺を飾る必要も起らないものを、外に出るが為めに、見憎からぬ衣服を調べるとか、香料を用ゐるとか、髪飾りも夫れ夫れの品を求めとか、電車料を遣ふとか、中々余分な支出が嵩みます。(略)

兎に角女子に職業教育などをするのに、国家の経済上から見ても何の利益なく、女子に対しても無情な事に当たります。故に私は絶対に女子を職業に就かしむるといふ事には賛成が出来ないのであります。

 

※「官衙」は役所、官庁。「非常に多い」は「非常に少ない」の間違いか?

 

棚橋絢子はまだしも貧乏人や醜女や寡婦は社会進出するしかないと言っていたのに対して、こちらはその余地もない。「女は能力が低いので社会進出をするな、役所や銀行はそんな女を雇うんだったら、給料が高くても男を雇え」と言っているのです。

※写真は嘉悦学園「建学の精神」より

 

 

商業学校ってなんだ?

 

vivanon_sentenceクエスチョンマークが百個くらい飛び交います。商業学校をやっている人が「女は外に出るな」「女を雇うな」「女に職業教育をしても無駄」ってどういうこと?

 

 

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