松沢呉一のビバノン・ライフ

屋台売春の生き残り—札幌ふきだまりのナンバーワン(上)-[ビバノン循環湯 395] (松沢呉一) -3,860文字-

これは2000年前後に行ったインタビューで、その一年後に「問題小説」に出したもの。今回、文字起こししたものから大幅に加筆している。

図版はすべてGoogleストリートビューより

 

 

 

ススキノ屋台団地と吹きだまり

 

vivanon_sentence小学校から中学にかけての数年間を私は札幌で過ごした。この頃、「屋台団地」という言葉を何度か聞いた。どうやらいかがわしげな場所であることだけはわかったのだが、その意味を正確に知ったのはずいぶん経ってからのことだ。

北海道ではツブ貝を売る屋台に女が待機していて、客と話をつけて別の場所で事をいたす「屋台売春」というスタイルが古くからあった。今で言う「連れ出しスナック」のようなものである。戦後、条例や売防法の摘発を逃れるために、全国各地に広がった方式だが、とくに札幌ススキノには屋台団地と呼ばれる一角があって、観光客にも人気を集めていた。団地といっても、平屋のバラックがズラリと並ぶ飲み屋街で、こんなものが繁華街にあっては風紀を乱し、景観を損ねるというので、立ち退きを余儀なくされ、今は駐車場になってしまっている。私が札幌にいた1970年代はまだ健在だったから、一度見物に行きたかったものだ。

札幌の遊廓はススキノではなく、白石にあり、戦後これが赤線となったのだが、こちらも今はマンションが立ち並び、当時の面影はほとんど残されていない。

この白石とススキノの間に、通称、「ふきだまり」と言われる場所がある。ここは屋台団地同様、元青線地帯なのだが、屋台団地を追い払われた業者もここに合流して、ここだけは今も三十軒以上の飲み屋やスナックが営業を続けていて、それぞれの店に女たちが二人三人と待機している。

昨年、札幌に行った際、この一角にある店のマスターとすっかり仲良くなり、何度も足を運んで話を聞いた。このマスターはふきだまりで唯一の男性経営者であり、このエリアのまとめ役的な存在である。

そのうち、ここにいる女性とも会話を交わすようになった。愛想がよく、美人である。おそらく五十代に入っているだろうが、ススキノのクラブのママだと言われれば信じる。

彼女がいない時にマスターは彼女のことをいろいろと教えてくれた。

「彼女はすごいんだよ。今でも、この一角では一番人気がある」

このエリアには、二十代を含め、百人を越える女たちが働いているのだが、彼女がナンバーワン。

続けてマスターは言う。

「一軒家をもっていて、貯金も一本ある」

「へえ、一千万もあるんだ」

「バカ、一億だ。一千万くらいもっているのはザラだよ」

「彼女はインタビューさせてくれないかな」

「どうだろうね、本人に聞いてみなよ」

私はその夜、店にやってきた彼女に話を聞かせて欲しいと頼んだ。最初は全然相手にしてくれなかったが、再度、札幌を訪れた時に再度交渉をして、いくつかの条件つきで話を聞かせてくれることになった。

この日は客との約束があるとのことで、翌日出直した。

※札幌駅

 

 

東京・上野のトルコ風呂で働く

 

vivanon_sentence「場所は書いていいけど、名前は書かないでね」というのが条件のひとつだったため、ここでは咲(さき)さんということにしておく。

「出身は北海道ですよ。こっちで喫茶店のウェイトレスをしていたんだけど、二十歳くらいの時に東京に行ったの。東京での生活を始めたら、当時、一緒にいた人が体を壊して働けなくなって、お金に困ってね。それで上野のトルコで働きだした。吉原では働きたくなかったの。だっていかにもになっちゃうから。友だちの奥さんが上野のトルコで働いていたわけ。それで紹介してもらって、私もそこで働いて」

詳しくは語ってくれないのだが、どうやらヤクザものの男を追って東京に行き、同棲している時にその男が体を壊したということのよう(あとで教えてくれたのだが、男は吉原の親分のところに世話になっていたため、そこは避けたよう)。

「でも、食べさせていたというわけでもない。だって、ああいう類いの男は女が二人も三人もいるでしょ。私が働かなくても食べていける。家賃は私が出していたけど、三年くらいで東京とその男に見切りをつけて、次は仙台に行ったのね」

—仙台に知り合いがいた?

「違う、違う。ツテも何もなくて、仙台の七夕を見に行ったのね。そしたら、そのまま居着いちゃった。仙台はお米がおいしくて、お魚も北海道と同じでおいしくて、仙台でもトルコで働いて」

—仙台の人って澄ましている印象がないですか?

「仙台人は殿様商売で、あなたが言うように、客に対して高飛車なところがあるみたいですね。でも、仙台にいた時は本当にいいお客さんに恵まれてねえ。私は人様に言えるような仕事をしているわけではないんですけど、今までね、ずっと素晴らしいお客さんに恵まれたことが幸せでした」

 

 

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