松沢呉一のビバノン・ライフ

喫茶店で小耳に挟んだ「へたばる」—言葉の経年変化[上]-[ビバノン循環湯 407] (松沢呉一)-2,568文字-

性別・世代の違う人になりすますのは困難—世代で変化する言葉[下]」の最後に出てくる繰り返しの擬態語・擬音語の経年変化については、十年以上前にメルマガ「マッツ・ザ・ワールド(マツワル)」に書いてますので、循環しておきます。少しだけ加筆しています。

 

 

 

喫茶店で聞いた会話より

 

vivanon_sentence喫茶店で編集者と打ち合わせをしていて、横のテーブルにいた女性二人の会話を聞くともなく聞いていた。どうやら二人とも服飾関係の仕事をしているようだ。

片方は三十代前半、片方は四十代といったところか。はっきりとはわからないのだが、会話の内容からすると、年下はフリーのデザイナーかスタイリストだと思われる。そんなにオシャレな格好をしているわけではないのだが、オシャレ業界の人たちでも普段着はあんなもんだろう。年上の女性は、そのデザイナーに仕事を依頼しているメーカーの人間だと思われ、着ているのもスーツだ。

若い方が、最近、別の会社で仕事をした時のトラブルを報告している模様。

彼女はこう言った。

「この間の展示会はへたばりましたよ」

私は目の前の編集者の言葉をメモする熱心なライターのフリをして、その言葉をメモした。

当日になってモデルがサイズが合わないと言いだして、急遽別サイズを取り寄せて用意したらしい。大変でしたね。

そんなことより私が気になったのは「へたばる」である。「へたばる」って懐かしい語感だ。私はここ十年、二十年という単位で、会話でも文章でも使ったことがないかと思う。使ったことがあるとしたら、「この部品がへたばっている」といったように、物に対してであって、人には使わない。

しかし、国語辞典では物に使用する用法は出ていない。

 

 

 

 

自身について言う場合、私は「疲れる」をもっとも使おうが、よく使うだけに、他の言葉を使って強調したり、あるニュアンスを加えたい気持ちはわかる。しかし、私は「へたばる」とは言わない。私であれば、同じ意味の言葉として、上に類語として出ている「へばる」あるいは「ばてる」を使う。

※写真はこの時のものではなく、中華料理屋です。

 

 

へこたれるな

 

vivanon_sentence「ばてる」は「夏バテ」のように、もっぱら肉体的な疲労に使う言葉だが、精神面の疲れを含めて使うことはある。しかし、精神面のみを語っている彼女の出した例題においては相応しくないかもしれないので、やはり「へばる」だろう。

物に対して使用する時も、「へたばる」よりも、「へばる」である。「この部品がへばっている」である。

似たような言葉で、「へこたれる」という言葉もあるが、私は使わない。こちらは疲れるというより、「ダメージを受けて消沈している」「壁にぶつかってやる気を失くしている」という、精神面の疲労を意味する言葉だろうが、ちょっと古い印象があり、私はこの意味では「めげる」「へこむ」を使う。「へこむ」は昨今の流行り言葉っぽい手触りなので、文章ではまず使わず、それより「めげる」だ。

しかし、小学校の頃の漫画では、野球部の監督が部員に「頑張れ、へこたれるな」なんて言っていたような気もする。今の野球部の監督は使うのかなあ。

以下は知恵袋より。やはり使わなくなっている言葉ではなかろうか。

 

 

 

こんな状況で女が使うのかどうか、その言葉がわからない時に相手に聞かず、ネットで聞くのかどうか疑問ではあるが、「へこたれる」という言葉を知らない人がいるだろうことは想像できる。

 

 

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