吉岡彌生著『婦人に与ふ』を推奨する—女言葉の一世紀 143(松沢呉一)-4,473文字-
「吉岡彌生は公職追放されたけれども—女言葉の一世紀 142」の続きです。
『婦人に与ふ』は吉岡彌生を知る最善の書
東京女子医科大学のサイトにこんなQ&Aが出ています。
Q:吉岡彌生を知るにはどんな本がありますか?
A:いくつかの伝記が出ています。お近くの書店や図書館で見つからない時には、大学史料室にお問い合わせ下さい。
■ 吉岡弥生女史伝記編纂委員会
『吉岡弥生伝』
(東京連合婦人会出版部 1941年)
*1998年日本図書センターから復刻版あり■ 吉岡彌生『この十年間 續吉岡弥生伝』
(学風書院 1952年)■ 高見君恵編『吉岡弥生』
(中央公論事業部 1960年)■ 日野多香子『愛の天使をゆめにみて 女性のための医学校を作った吉岡弥生』
(PHP研究所 1985年)
*子ども向けです■ 武田勝彦『吉岡彌生伝』
(大東町教育委員会 1991年)
*子ども向けです■酒井シヅ編『愛と至誠に生きる 女医吉岡彌生の手紙』
(NTT出版 2005年)■渡邊洋子『近代日本の女性専門職教育 生涯教育学習から見た東京女子医科大学創立者・吉岡彌生』
(明石書店 2014年)
「手に入りやすい」という意味でこれらを出したのかとも思うのですが、ここまで私が使用してきた本はすべて国会図書館がネットで公開しております。東京女医医科大学が推薦しているものよりもっと手軽に読めます。しかもタダ。旧仮名、旧字なので、子どもが読むのは大変でしょうけど。
その中でも私がもっとも推薦するのは、これから見ていく吉岡彌生渾身の著書『婦人に与ふ』です。間違っても、そこに展開されている主張をそのまま受け取らないようにしていただきたいものですが、この本は吉岡彌生の思想を知ることができるだけでなく、戦前の婦人運動が陥った隘路、あるいは日本全体が辿った失敗を解読するためにも絶好の一冊です。
このリストの冒頭に出ている『吉岡弥生伝』は読んでみたいですが、国会図書館には収蔵されていない模様です。
Amazonで検索してみたところ、酒井シヅ編『愛と至誠に生きる 女医吉岡彌生の手紙』、渡邊洋子『近代日本の女性専門職教育 生涯教育学習から見た東京女子医科大学創立者・吉岡彌生』以外は、すでに品切れ、あるいは絶版のようです。その代わり、『吉岡弥生―吉岡弥生伝』は在庫があります。どうしてこれを東京女子医科大は推薦していないんでしょ。もしかすっと国家主義者の側面を赤裸々に描いているのでありましょうか。
太平洋戦争まっただ中の著書
読むべきものを読んだので、前回までをまとめて、そろそろ国会図書館から帰るかと思って(最初から最後まで家のPCで見ているわけですが)、机の上を片付け始めながら、吉岡彌生の本のリストを眺めていたら、昭和十八年に『婦人に与ふ』という著書を出していたことに気づきました。
『女性の出発』(昭和十六)は、同じ論旨の原稿が多く、同じ内容を読むのが嫌いな私はすでに腹一杯でありますが、ここまでつきあってきたのだから、軽く中身を見ておこうと思いました。
はしがきは案の定、太平洋戦争が始まったことでの高揚を書いてました。
昨年の十二月八日、私たちは、長くも宣戦の大詔を拝したてまつりました。開戦後、僅かなあいだに全くおどろくべき戦果が、わが忠勇なる皇軍将士の決死的なたたかひによってもたらされました。そして、いまや、わが帝国は大東亜十億の民族を指導することになり、日本婦人もまた、これから大東亜婦人を指導する任務をになふことになったのです。
本が出たのは昭和十八年ですが、このはしがきの日付は前年の十一月です。すでに「おどろくべき戦果」の時期は終了していたわけですが、いかに軍部と通じていた吉岡彌生とは言え、日本軍がミッドウェー海戦を境に負け始めていることまでは知らなかったのでありましょう。あるいは知っていて、大本営発表に寄り添っていたのでありましょうか。
岸田俊子(湘煙)や景山(福田)英子の影響
序説でもこういう時代の婦人の心構えが語られていて、この調子で続くんだったら、読むのは辛い。
さらに本文を読み始めたら、なんだ、これ。第一章は「日本婦人の歴史」です。タイトル通りの内容。原始時代から始まったので、現代の話まで飛ばしてなお読み進めていたら、吉岡彌生のルーツとでも言うべき人名が出てきました。ここから吉岡彌生は始まったのか。
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