松沢呉一のビバノン・ライフ

ヒトラーはドイツ国民をも殲滅しようとしていた—『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』より[7](最終回)-(松沢呉一)

党の綱領を読めばわかったはず—『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』より[6]」の続きです。

 

 

 

ドイツ国民に死刑を宣告したヒトラー

 

vivanon_sentence ここまでグイド・クノップ著『アドルフ・ヒトラー五つの肖像』を通して、「なぜドイツの国民はヒトラーを支持してしまったのか」について見てきました。

この本の読みどころはまさにそこにあるのですけど、同時に今まで知らなかった事実を教えられるという点でも、この本は大変優秀です。私がなお知らなすぎるってことだったりもするわけですけど、中でも私が「こんなことも私は知らないでいたのか」と驚いたのは、ヒトラーは死の直前にはドイツ国民までを抹殺しようとしていたことです。

 

 

暴君ネロさながら、ヒトラーはドイツの諸都市を廃墟にしようとしたばかりではなかった。その点では連合軍の空爆が、とっくにそうしていた。ヒトラーはさらに、全ドイツ人ができるだけこの戦争に生き残らないことを望んだ。ヒトラーは、自分にとって値打ちのないと判った者、西側へ白旗を掲げたものに、恐るべき裁きをくだす計画だった。破滅へ向う混乱の中、ホロコーストの犠牲者に対してそうしたように、とうとうヒトラーは自国民にも死刑を宣告した。なぜならドイツ国民は、他の諸国民との闘いに敗北したからだ。「戦争に負ければ、その時は国民もおしまいだ」と、ヒトラーは一九四五年三月一九日に言いきった。

 

 

ヒトラーを支持してきた人たちに対する帰結がこれであります。闘いに勝つ者が優秀であり、負けた者たちは弱い種として淘汰されていくべきであり、そうすることによって優秀な民族が残り、人類は進化していく。戦争に負けつつあるドイツ人は滅びればいい。ナチス的ダーウィニズムをヒトラーは最後まで貫こうとしていたと言えます。

といった論理的な解釈でここに至ったのではないことはこのあとの記述でわかります。

 

 

いまや彼は国土の生命線といえる鉄道、道路、橋を、さらには経済の心臓部にあたる産業や企業を、すべて破壊せよと命じた。「最低限生きてゆくのに最も根本的な」社会基盤さえ、国民に残してはならない、と。それはゲルマニアの終焉、ナチ版「神々の黄昏」のフィナーレでもあった。狂気の独裁者は何十万もの人々に命じた。崩壊するドイツ軍の戦線後方にまわれ。それからドイツ内陸部をめざして死の行進を始めよ。反対は許されなかった。列車がなければ「徒歩で行け」。人々の死は確実だったろう。そして実際にそうなった。ヒトラーの建築家だったアルベルト・シュペーアは最悪の事態を回避しようと努めたが、ヒトラーはあっさりしりぞけた。「ドイツ国民はあまりにも軟弱だった。未来のすべては、われわれよりも強い東部民族のものだ。戦争が終わっても残るのはつまらないものだけだ。優秀なものたちは滅びたのだから」

 

 

The last picture of Adolf Hitler, 1945

ヒトラー最後の写真。死の2日前に空襲で破壊された首相府を訪れた時のものとされる

 

 

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(残り 2002文字/全文: 3303文字)

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