松沢呉一のビバノン・ライフ

ヘスは強制収容所に入れられた政治犯とセックスしていた!—ルドルフ・ヘス著『アウシュヴィッツ収容所』を読む[3]-(松沢呉一)

ルドルフ・ヘスの家族は収容所で行なわれていることを知らなかった?—ルドルフ・ヘス著『アウシュヴィッツ収容所』を読む[2]」の続きです。

 

 

 

ヘスが手記に書かなかった事実

 

vivanon_sentenceマルティーン・ブローシャートは序文で、ルドルフ・ヘスは女性収容者と深い関係になって、親衛隊の法廷に引っ張り出されそうになった事実を挙げ、ヘスはこの手記で自分の都合の悪いことを伏せていることを指摘しています。たしかにそんな話は出てこず、手記からは妻思い、家族思いのヘスの姿しか読み取れない。

この説明は簡潔であり、簡潔であるが故に私はえらく興味をそそられました。ドイツ語版Wikipediaなどによると、この相手はノーラ・マタリアーノ・ホーディーズ(Nora Mattaliano-Hodys)、またはエレオノーレ・ホーディーズ(Eleonore Hodys)という名前で、ノーラはエレオノーレの略称、愛称でしょうか。オーストリアの政治犯とのことです(名前はフランス語っぽくもあります)。しかし、それ以上のことはわかりません。

彼女の存在が明らかになったのは。親衛隊の記録が残っていたのか、親衛隊の誰かしらが証言を残したのだと思います。それによると、ヘスは自分の家庭用に彼女を雇用していました。これも強制労働のひとつですが、女であっても道路の舗装や建物の建設など、肉体を酷使する仕事も多い中、庭いじりや掃除ですから、もっとも楽な部類の労働です。

柔順なエホバの証人を家で使っていたことしかヘスは書いていないのですが、これに対して政治犯を家で使うのはリスクがあります。家族を人質にして立て籠るかもしれないわけで。

にもかかわらず、使ったのはヘスと彼女はそれ以前からそういう関係だったのか、ヘスの思惑が予めあってのことでしょう。その思惑通りに、妻のいない間にヘスは彼女とセックスをしていて、それが妻にばれてしまいます。

妻はホーディーズを収容所の独房に入れますが、以降もヘスは彼女の元を訪れ、ヘスの子どもを妊娠、出所後に中絶。SS裁判所の調査はヒムラーによって中止されてうやむやに。

※Lorenz Diefenbach「Arbeit Macht Frei」(1873) Arbeit Macht Freiのオリジナルは小説のタイトルで、最初に収容所にこれを使ったのはダッハウ収容所のテオドール・アイケ(Theodor Eicke)所長。勤勉な収容者は早く解放するアイケの方針を標語にしたものであり、それをルドルフ・ヘスがアウシュヴィッツでも採用。なお、アイケは「長いナイフの夜」でレームの処刑を担当した人物。

 

 

どのツラ下げて

 

vivanon_sentenceヘスは手記で収容所内では不正がはびこり、それを強く非難しているのですが、所長自ら不正をやっていたのですから、「どのツラ下げて」です。所長がやってれば皆もやりだすってもんです。

非難している不正はたとえば汚職や収容者から没収した物品の隠匿だったりするわけですけど、ヘスがこの相手とただセックスしていたとも思えない。彼女にとってはその見返りがあってのセックスでしょう。強制労働が家事だったこと自体がすでに見返りとも言えます。

独房は時に懲罰の意味合いがありますが、この場合の独房は特権のある収容者だけが得られる個室の意味ではなかろうか。宗教指導者たるニーメラーがそうだったように、特権階級の収容者は平の収容者と違って、労働の免除や食事や差し入れ等の優遇措置がさまざまありました。おそらく彼女はその特権を得ていたのだろうと思います。

だとすると、いよいよ「どのツラ下げて」ですし、相手が政治犯だとすると、彼女が転向すれば釈放される余地があり、事実、彼女は出所してます。反体制勢力に情報が漏れ、かつヘスはそれらの勢力に弱味を握られることにもなりますから、二重三重にやってはならないことをやっていたのです。

妻にばれたなんてことまでわかっているのであれば、この件を調査した親衛隊の記録が残っていただけではなく、近いところにいた人物がバラしたとしか考えられない。妻か、妻に聞いた人か? あるいは収容所内でも気づいた人たちはいるでしょう。親衛隊員か、生き残りの収容者か? あるいはホーディーズ本人か? ホーディーズから聞いた人物か?

 

 

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